もしかしたら本作の制作陣は、徹底的に「創作」への舵を切るのかもしれない。
6月12日放送のNHK連続テレビ小説「らんまん」第51回では、実業家の高藤(伊礼彼方)が菓子屋の娘・寿恵子(浜辺美波)に、自分の妾になるよう説得する姿が描かれた。そのプロセスに視聴者が、本当に妾になってしまうのではとの危惧を抱いているという。
本作の主人公である槙野万太郎(神木隆之介)は、植物学者の牧野富太郎博士をモデルとしており、寿恵子も牧野博士の妻・寿衛子をモデルとしている。その寿衛子も菓子屋の娘であり、父親が彦根藩士だった点も寿恵子と一緒となっている。
一方で高藤の存在はドラマならではの創作であり、その高藤が寿恵子に妾になるよう持ち掛ける展開ももちろん創作要素だ。高藤は鹿鳴館で開催予定の舞踏会に向け奔走しており、寿恵子にダンスを仕込んでいるところ。これもまた明治という時代を反映しつつ、作品をドラマチックに仕立てるための創作要素であることは言うまでもない。
「多くの視聴者は本作が牧野博士をモデルにしていることを知っており、いずれは万太郎と寿恵子が結ばれるという前提で作品を楽しんでいます。それゆえ高藤の存在や寿恵子がダンスを習っていることも、物語を彩るためのスパイスと受け止められていることでしょう。ところが高藤が本気で寿恵子を妾に取りたい姿勢を示したことにより、《まさか本当に妾になってしまう!?》との疑念が首をもたげてきているのです」(テレビ誌ライター)
高藤は寿恵子を洋食屋の薫風亭に連れ出し、元老院議官の白川(三上市朗)に引き合わせた。父の代からの知り合いである白川は、寿恵子を養女に引き取るという。そうやって芸者の娘である寿恵子に箔をつけたうえで、高藤の妾になってもらうという算段だ。
元老院は明治8年(1875年)~明治23年(1890年)に存在していた国の立法機関。帝国議会の設置を受けて廃止されたほか、権限も強くなかったとの評価もあるものの、議員は華族や官吏、学識者から勅任されており、設立時には勝海舟や後藤象二郎、陸奥宗光といった歴史上の偉人がズラリと並んでいた。その議官を後ろ盾とする高藤が、当時の明治政府でどれほどの発言力を持っていたのかは明らかだろう。
「しかも高藤のモデルは朝ドラ『あさが来た』などにも登場していた大阪経済界の重鎮・五代友厚だと言われており、その五代は鹿鳴館の名付け親でもあります。そんな大物たちが寿恵子を養女にしたり妾にしようと躍起になっているなか、たかだか東京大学への出入りを許されただけの存在に過ぎない万太郎が伍していくことなど、まず不可能でしょう。高藤がその気になれば、万太郎を東大から排除することなど赤子の手をひねるようなもの。そうなれば市井の研究者に過ぎない万太郎が、寿恵子と結ばれるはずもないのは明らかです」(前出・テレビ誌ライター)
それでも本作では、万太郎が困難を乗り越えて寿恵子と結ばれるのか。それとも寿恵子はいったん、高藤の妾となってしまうのか。
そもそも牧野博士は故郷の土佐・佐川で従姉妹と結婚していたが、本作ではその歴史はなかったことにされている。それゆえ寿恵子との馴れ初めに関しても創作要素が優先される可能性は低くない。そもそも寿恵子の母親が柳橋の芸者だったこと自体、ドラマならではの設定だ。
果たして高藤は目論見通り、寿恵子を妾とするのか。そして万太郎は自分の思うような植物学者になることができるのか。万太郎の身勝手さに視聴者の批判が高まるなか、ここは創作要素を強めてドラマならではの魅力を高めたほうが、視聴者をより惹きつけられるのかもしれない。