11月3日に、嵐がデビュー25周年を迎えた。2020年の大みそかからグループ活動を休止中だったが、この記念日に有料ファンクラブサイトで大野智、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤がそろって登場。5人で感謝の気持ちを届けた。25年3月下旬まで、全国のユナイテッド・シネマほか全22劇場でファンクラブ会員限定のライブムービー「ARASHI FILM CONCERT TOUR 2024-2025」が上映中。実に計505回も巨大スクリーンで流される。
グループデビューは1999年。ハワイで開かれたクルーズ客船での記者会見で、全容が明かされた。2カ月後の11月3日に、シングル「A・RA・SHI」でデビュー。その10年後から「NHK紅白歌合戦」(NHK総合)に連続出場し、シングル、アルバム、DVD、アーティスト・トータルセールスのランキングで1位を獲得。史上初の4冠を達成し、国内の男性アイドルグループの頂点に立った。
仲の良さは随一。だが、99年の船上会見は“0日婚”同然だった。それまで、ジャニーズJr.(現ジュニア)だった松本、相葉、生田斗真、二宮は姓の頭文字をとった「MAIN」というユニットで活動。櫻井は今井翼と「翼翔組」というデュオを組んでいた。大野は、ミュージカルでそのダンススキルを高く買われた5人で「Musical Academy」を結成。3グループは、さしたる接点がなかった。
「ジャニー喜多川社長(故人)がハワイに行けるジュニアを探していた時、偶然家の電話で本人とつながったのが相葉さん。さらに、彼がパスポートを持っていたことでハワイ行きが決定しました。5人は、ハワイ行きとグループデビューを直前に知らされました」(古参のアイドル雑誌記者)
渡航直前に緊急で5人で集合。焼肉屋で会議を開いた。相葉はこの時、先輩の大野と初めてまともに話した。大野はそれ以前の3年近くにわたって京都で単身生活を送りながら、舞台「ジャニーズ・ファンタジー KYO TO KYO」に出演。弱冠17歳で座長に抜てきされたため、東京のジュニアたちの中にはその存在を疑うほど、大野と会った者が少なかった。
「そのハワイの空き時間、マツジュン(松本)と櫻井さんとニノ(二宮)は買い物に出かけた。相葉さんは大野さんを『ラーメンでも行きましょうか』と誘い、食事に出かけた。偶然入った店は、グループがのちにレギュラー番組で長きにわたってお世話になった小倉智昭さんがオーナーの『ラーメンなかむら』だったそう」(前出・記者)
接点ゼロだった2人も、いまでは“生涯の伴侶”。来年こそは、イケおじに進化した5ショットを生で見たいものだ。
(北村ともこ)