活動休止中の嵐は、アイドルグループ史上最多記録をたくさん持っている。CDアルバムでは、休止発表後の19年にリリースした「5×20 All the BEST!! 1999-2019」が発売初週に130万枚を売り上げ、世界で最も売れたアルバム(約330万枚)としてギネス世界記録に認定。コンサートでは、20周年を祝した5大ドームツアー「ARASHI Anniversary Tour 5×20」の全50公演が、観客総動員数237万5000人を記録して、国内アーティスト史上最大規模となった。
CDシングルではSMAPが記録を持っている。「世界に一つだけの花」は19年に「オリコン週間シングルランキング」でTOP100入りを184週に更新して、歴代シングルロングセラー1位となった。同曲は解散報道が伝えられた16年、平成に発売された作品としては初となるトリプルミリオンを達成している。
SMAPは数々の社会現象を起こしたグループだったが、そのひとつがプリント倶楽部、略してプリクラ。人気の火つけ役だったという。
「女子中高生発の渋谷のカルチャーだったプリクラ。人気のきっかけは、バラエティ番組『愛ラブSMAP!』(テレビ東京系/95年)でした。当時18歳だった香取慎吾が番組の特製シールをプリクラで作製。視聴者プレゼントすると、一気に世間に知れわたったのです」(週刊誌記者)
放送後、開発した会社に「どこで撮れるんですか?」という電話が殺到。回線がパンク寸前になった。プリクラ市場はわずか2年で1000億円を超えるメガヒットとなり、開発した女性の給料袋は、毎月立つほどのブ厚さ。ボーナスは年4回も支給されたという。
そのSMAPを上回る伝説の持ち主が、光GENJIだ。
わずか8年の活動で、95年に解散したが、ファンクラブの会員総数やレコード売り上げ、コンサートチケットの倍率はどれも規格外。ついに、労働省まで動かした。
「人気が爆発した88年、赤坂晃は14歳で、佐藤敦啓(現アツヒロ)は13歳。労働基準法により、夜8時から朝5時は働けませんでした。時は歌番組全盛期。2人が働ける時間にVTR収録するなどの策を講じましたが、ついに労働省の労働基準監督署が改正に動きました。歌や演技などの表現者には労働基準法を適用しないと定め、未成年の夜8時以降の生放送への出演を認めたのです」(前出・週刊誌記者)
のちにこれは、「光GENJI通達」と命名。2人のトップアイドルが日本の法律を変えたのだ。
故・ジャニー喜多川氏は“我が子”たちの「初」を好んだ。今後も夢の継承者は増えるに違いない。
(北村ともこ)