3月2日放送のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第9話「玉菊燈籠 恋の地獄」を視聴した人々から「今日“は”すごかった」「今回“は”見応えがあった」など、この日の放送が「良かったこと」を強調する声が数多くあがっているようだ。おそらく原因は、横浜流星演じる主人公の蔦重こと蔦屋重三郎が「出版プロデューサー」として成功する「本筋」がほとんど描かれず、小芝風花演じる五代目瀬川が、幼い頃から愛する蔦重(横浜)への気持ちを「とびきりの思い出」にして断ち切り、鳥山検校(市原隼人)からの身請けを受け入れるまでが丁寧に描かれたからだろう。
特に身請けを受け入れたことを蔦重に伝えるシーンは秀逸だった。蔦重は自身の瀬川に対する恋心にやっと気付き、近松門左衛門の名作「心中天綱島」の貸本の間に「通行切手」を挟んで「吉原から足抜け(脱走)しよう」と瀬川を誘うのだが、この「誘い方」がもう、さすがは森下佳子氏の脚本だと感動してしまった。「心中天綱島」を乱暴に解説すると、妻がいながら遊女の小春に恋する治兵衛と、治兵衛の妻のために身を引こうとする小春が、会えなくなってしまうのならと心中する悲恋物語だ。
一度は蔦重の提案に心を躍らせる瀬川だったが、小田新之助(井之脇海)とうつせみ(小野花梨)が足抜けに失敗し、折檻されるうつせみを目撃。さらに松葉屋の主人・半左衛門(正名僕蔵)からは客を引いている現場を蔦重に見せられてしまう。
それだけでなく女将・いね(水野美紀)からは、「瀬川」の名前を背負った花魁には、好条件で身請けをされて、これまでの不幸な人生から抜け出す姿を後輩たちに見せる責任があると諭され、瀬川は身請けの話を受けようと決意。その後、貸本の「心中天綱島」を蔦重に返却しながら瀬川は、「この本、馬鹿らしうありんした。この女郎もマブも馬鹿さ。手に手を取って足抜けなんてうまくいくはずがない。この筋じゃ誰も幸せになんかなれない」と貸本の内容を話すふりをして、蔦重との「足抜け計画」に言及。謝る蔦重に「何言ってんだい。馬鹿らしくて面白かったって言ってんだよ。この馬鹿らしい話を重三が勧めてくれたこと。きっとわっちは一生忘れないよ。とびきりの思い出になったさ」と涙をこらえながら笑顔で伝えるのだ。
さらにここから小芝の演技力が炸裂。瀬川はおもむろに蔦重の左手首を右手でつかむと、手のひらを上に向けさせ、そこに貸本の「心中天綱島」をポンと乗せて、「じゃあ、返したよ」とその場を去るのだ。くぅ~っ!瀬川の粋な別れの言葉と、蔦重の手首を「決意してつかんだ乙女心」に目頭と胸が熱くなった。「手首をつかむ」だけでここまでの情感を表現できる小芝の今後が楽しみだ。
2月28日放送の「あさイチ」(NHK)に生出演していた小芝は、「まだ退場しません。出ます」と言っていたが、次週の第10話「『青楼美人』の見る夢は」の予告を見ると、白い打ち掛けに高下駄を履いて外八文字を踏み、胸を張って吉原=苦界から大門をくぐり娑婆に出ていく瀬川が「おさらばえ…」と言っているから、どう考えてもこれまでより瀬川の出演シーンが減ることは確実だろう。
小芝演じる五代目瀬川が「べらぼう」の視聴率を牽引してきたのに、瀬川の出番が減ってしまったら、代わりに強力な新キャラが登場してくれない限り、せっかく微増した視聴率がまた減少することだろう。
(森山いま)