泣けたお酒の話か~。
僕、酒場でも家でも、友人知人と飲んでいる時はヘラヘラ、1人で飲んでいる時はニヤニヤ。常にそんな感じで飲んでいる人間なんで、いくら記憶をたどっても、あの酒は泣けたな~というシーンが思い出せないんですよね。人生においてそんなシーンの1つや2つ、ないはずはないので、単なるバカなのかもしれないですけど。
そりゃあ、好きなお店がなくなってしまうとか、さらに悲しいことに、好きなお店のご主人が亡くなってしまうなんて経験は、もう何度もしてきました。けれども、それらはただひたすらに寂しく悲しい出来事であって、酒で忘れたり、まぎらわしたりすることではないし。
そういえば以前、とある出版社の編集者さんに声をかけてもらった、初めてのお仕事の顔合わせ飲み会、みたいな場があったんです。その会場が牛込柳町にある「つず久」という居酒屋で、かなりの人気店らしく、何を食べても絶品。お刺身の盛り合わせなんか見たこともない豪華さだし、その他の料理もそれぞれに気が利いていて、夢心地で飲んでいたんです。
ところでそのお店、最後に名物の1品で締めるのが大定番で、食べて帰らない人がいないくらいの人気メニューがあるんだそう。宴もたけなわの頃に編集さんが女将さんに、「そろそろあれ、お願いします」なんつって、出てきたのが「わさびめし」。炊きたてのごはんに、北海道の原野に自生するという「えぞわさび」のすりおろしをたっぷりとかけて、醬油をかけて混ぜ、海苔をのせて食べるという1品なんですが、これがあまりにも凄かった。
そもそも食べる時に「息を鼻から吸って口から吐く」というコツがあるらしいんですよね。安全に食すために。それをあんまり理解していない僕は、わさびは大好物だしどれどれ、と、立ち上る湯気とともに思いっきりかっこんでしまったからもう大変。それはもう、気管が一気に燃え上がるような強烈な刺激。しばらくの間、世の中にこんなに辛いものがあっていいのか、ってことしか考えられず、ひたすらにあふれ続ける涙と鼻水をおさえ、チューハイを飲んで耐えていた。という、今思い出しても呼吸が荒くなる思い出があるんですが…すいません、どう考えても涙の意味が違いますよね。
あ、最近のことで1つ思い出した! これならばテーマに沿っているかもっていうエピソード。
昨年、突然にメールで連絡をくれた男性がいるんです。僕の活動を長く応援してくださっている方だそうで、最近転職をして、ある酒造会社に勤めることになったんだとか。そこで、会社としてではなくあくまで個人的に、お酒をお送りするので、よかったらぜひ飲んでみてくださいとのこと。恐縮しつつも、そんなご厚意を断るのも失礼とお言葉に甘え、そこから今も交流が続いているんです。
で、詳しく聞いてみるとなんとその方、近年の僕の酒場ライターとしての仕事だけではなく、もはやほとんど知る人もいなくなった、かつて一生懸命やっていた音楽活動の頃から、つまりなんと20年以上も前から、僕の活動を応援してくれていたのだとか。そして今、お互いに別のジャンルではあるけれどもお酒に関わる仕事をするようになり、不思議な縁で繫がるって、なんだか胸が熱くなるじゃないですか。
というわけで今年の元日、うやうやしく開けさせてもらった「銀盤 純米大吟醸 播州50」。いや〜うまかったな~。いつもどおりのにやけ顔で飲んではいたんですが、心では確実に、ホロリと泣いてましたよ。
さて次回のテーマ。「転職と酒」はどうでしょう。
パリッコ:酒場ライター。著書に「酒場っ子」「天国酒場」など多数。スズキナオ氏との酒飲みユニット「酒の穴」としても活動している。「パリッコの都酒伝説ファイル(2)」絶賛発売中!