顔は人のあらゆる感情にすべて対応できます。「喜や怒や哀や楽」はもちろんのこと、「喜と怒」や「怒と哀」などそれぞれの感情が、(程度もさまざまに、複雑に)ミックスされた顔ができます。そして、その顔を読みとることも。
(写真は「ミックスドシグナル(複雑表情)の“顔”」)
■会話の90%以上を“顔と声”が支配?
「メラビアンの法則」。アメリカの心理学者(ボディー・ランゲージ研究)アルバート・メラビアンが1971年に提唱した説です。平たく言えば、「話し相手は、話している人の“顔と声”に最も影響を受ける」 。具体的には“顔と声”と“言葉”を比べると、何と“顔と声”が相手に対して90%以上の影響力を持っているというのです。この法則を受けて世間では、「会話の90%以上を“顔と声”が支配している」という「俗流解釈が広く流布」しています。“言葉”の専門家だと自負している、私たちアナウンサーにとっては、ちょっとショッキングですね。
しかし、この解釈は間違っています。実験の真意からは外れた拡大解釈なのです。わかりやすく言うと、この実験は、「うれし泣き」「苦笑い」などのミックスドシグナル(どちらともとれる表現)と“言葉”についての「受けとめ方の実験」であり、「コミュニケーション全般に、この法則が適用される」とは言えないのです。
ミックスドシグナル、例えば「笑いながら叱る」です。あなたは、相手の「笑いながら叱る」という表現に出会った時、相手の真意を何で判断するでしょうか?「笑っている顔」 でしょうか。「怒った声」でしょうか。それとも「相手の言葉」でしょうか。
「ダメじゃあないか、そんなことしたら!」と、笑いながら言われたら、あなたは相手の真意をどう捉えますか。私は、「ああ、笑って許してもらえているな」 と“顔”で判断して、「ごめんね」と軽く受けると思います。
つまりそういうことなのです。一般の会話においても、「話の中身(言葉)より9割以上が伝え方(顔と声)である」 ということではないのです。このメラビアンの法則が知られて以来、“何々が9割”というタイトルの本(いわゆる9割本)がたくさん出版されていますが、この9割という表現は、単なるキャッチだと捉えたほうが間違いはなさそうです。
■それでもやっぱり、会話は“顔”
しかし、しかしながらです。「一般のコミュニケーションにおいても“顔(表情)”のインパクトは、やはり絶大であると言わざるを得ない」と私は考えています。理由は以下です。
人類が生まれたのは700万年前。以来、20種類の人類が栄枯盛衰を繰り返してきました。そして最後に生き残ったホモサピエンス(私たち)が、“言葉”を司る遺伝子『FOX-P2』を獲得したのは20万年前。
ヒトは、それまでの“顔や声”といった“非言語”コミュニケーションに加えて、20万年前から“言葉”コミュニケーションを徐々に始めたわけです。しかし、文法などのしっかりとした「言葉表現」ができるようになったのは、わずか7万年前にすぎません。7万年前に、人は初めて実用的な“言葉”を使い始めたのです。「“言葉”以前」 の人類は“顔と声”が頼りでした。
中でも豊かな表情を持つ“顔”は、680万年という長い間、コミュニケーションの主役だったのです。だから言葉を使いはじめてからも、「言葉ではウソがつけるけれども、“顔”はウソがつけない」という、顔に対する絶対的な信頼が私たちには根強く残りました。人間にとって、「“顔”は、言葉をはるかにしのぐインパクトをもっている」 と言えます。
この講座のタイトルのように、「“顔”パワーは人生を動かす」のです。
●プロフィール
なかむら・かつひろ1951年山口県岩国市生まれ。早稲田大学卒業後にNHK入局。「サンデースポーツ」「歴史誕生」「報道」「オリンピック」等のキャスターを務め、1996年から「ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)ほか、テレビ東京などでワイドショーを担当。日本作家クラブ会員。著書に「生き方はスポーツマインド」(角川書店)、「山田久志 優しさの配球、強さの制球」(海拓舎)、「逆境をチャンスにする発想と技術」(プレジデント社)、「言葉力による逆発想のススメ」(大学研究双書)などがある。講演 「“顔”とアナウンサー」「アナウンサーのストップ・ウォッチ“歴史館”」「ウィンウィン“説得術”」