高倉健さんから渡された「想いのバトン」のような腕時計は、中井貴一から岡田准一に渡り次は誰の手に
俳優女優に取材をすると、割と高い確率で「中井貴一さんにはお世話になった」と話す人にぶち当たる。中井を取材したことがないのでいい加減なことは言えないが、2月4日放送の「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演していた中井を見ていたら、何となく合点がいった。
中井はこの日、デビュー作1981年公開の映画「連合艦隊」の初日が終わった際、映画会社の関係者を通じて「とても良かったです。いつか必ず共演をしましょう」と高倉健さん(2014年に他界)からのメッセージを伝えられたと明かした。
その約束は94年公開の映画「四十七人の刺客」で果たされたが、中井は高倉さんの敵役を演じていたため「いっさい現場で口を利かなかった」そうだ。しかし「それを高倉先輩はわかってくださって。終わってから『茶を飲もう』って誘っていただいて。その時に初めてプライベートでゆっくりお話をさせていただいたんですよね」と述懐。高倉さんは中井に「大変だったろう」と語りかけてきたため、「何がですか?」と返すと、「俺はずっと見ていたけど、2歳半で父親を亡くして、何かこう2世だとか、育ちがいいとか、そういうふうに思われただろうけど、お父さんが38(歳)で俳優で蓄財ができるわけないんだ。だから苦労したろう」と言われたそうだ。
中井はデビューしてから「おぼっちゃま」と呼ばれることに違和感があったそうだが「それを高倉さんが何も一言も言わないのに、そう言ってくださったんで。その時、涙が止まらなかったです」と振り返った。
自分の抱えてきたものを、パッと一瞬で理解してくれる人が世の中にはいるのだと思わせてくれたことに「すごく嬉しかったですよ」と微笑む中井に、だから後輩の俳優や女優に、広く目を配っているのだろうなと思ったのだ。
高倉さんは親しい人に腕時計をプレゼントすることがあったそうで、中井が何か受賞するたびに、新品の腕時計をもらっていたそうだ。そしてある時、中井は高倉さんから「これさ、俺がずっと着けていたものなんだけれども、悪いけど、中古だけど、もらってくれるか?」と自身の腕時計をプレゼントされたという。その時計を「受け継いでいってくれよっていう意味なんじゃないか」と思った中井は、「岡田くんは日本の文化も大切に考えている方だと思うので」と、のちに岡田准一に託したと明かした。
名優から名優に渡ってきた「想いのバトン」のような腕時計は、岡田から誰の手に渡るのだろうか。岡田には誰に渡したのかを、絶対どこかで教えてほしい。
(森山いま)
