「横溝正史ミステリ大賞優秀賞」を受賞した、染井為人の同名小説を映画化した本作は、善人が一人も登場しない犯罪サスペンスだ。
平凡な市役所職員が、闇社会が仕掛けた肉欲の罠に引きずり込まれていく様を容赦なく描く。主演は人気俳優の北村匠海、「ビリーバーズ」(2022年)の城定秀夫監督がメガホンを取る。
市役所の生活福祉課で働く佐々木守(北村)は、同僚の宮田(伊藤万理華)から「職場の先輩が生活保護を受けるシングルマザー・愛美(河合優実)に肉体関係を強要している」と相談を受け、真偽を確かめるため訪問する。いつしか愛美の家に出入りするうちに守は彼女と恋に落ちるが‥‥。
実は、愛美の背後にはヤクザがいた。彼女は守との情事を気付かれないように撮れと強要されていたのだ。その動画で守を脅し、息のかかった大量のホームレスの生活保護を支給させ、その金を搾取しようとしていた。
出口がない貧困の中で、抵抗する気力も表情も失った愛美を、河合優実が熱演。乱れた着衣のまま正常位で恋人を受け入れながらも、素直に感じることすら許されない哀しみを全身で表現する。「自分でも自分がわからない」と絞り出すように語る彼女の姿は、福祉の網からこぼれ落ちる現実社会の閉塞感を象徴しているかのようだ。
城定監督はピンク映画出身で生々しい濡れ場はお手のもの。本作では、廃れた生活感を出すために、修繕前のアパートを一棟借り切ってセットを組んだという。台風の中での怒涛のクライマックスシーンでは原作とは異なる衝撃の結末が待ち受ける。
フィクションだが、「ありえない」とは言い切れない。現代日本の暗部を突き付けられる一本だ。
(3月20日=木・祝=より全国公開、配給 クロックワークス)
前田有一(まえだ・ゆういち)1972年生まれ、東京都出身。映画評論家。宅建主任者などを経て、現在の仕事に就く。著書「それが映画をダメにする」(玄光社)、「超映画批評」(http://maeda-y.com)など。