フット岩尾、島田紳助と松本人志の“M-1激辛採点”を回想 そこから浮かび上がる「審査員低年齢化」の弊害
お笑いコンビ・フットボールアワーの岩尾望が1月19日放送のテレビ朝日系「耳の穴かっぽじって聞け!」にゲスト出演。24年前のM-1グランプリ準優勝を振り返り、2人の審査員からの得点に一喜一憂していたと懐かしんだ。
とろサーモン・久保田かずのぶとウエストランド・井口浩之というM-1王者の2人がMCを務める同番組。岩尾もまた2003年度の同大会で優勝を果たしているが、強烈なインパクトとして記憶に残っているのは2001年の第1回大会だという。
同年のM-1では、西川きよしや春風亭小朝、青島幸男ら各界の大御所が審査員を任されていたが、若手芸人にとって特に憧れが強かったのが元芸人の島田紳助さんとダウンタウン・松本人志の2人だった。
岩尾は、記念すべき第1回大会に先駆けておこなわれた記者会見について、「紳助さんも来てはって。出場者の中川家さんからみんな並んで。そこで初めて『どうやら、これはえらいことになるぞ…』みたいな。松本さんが審査員やるんや…!とか」と想像以上に大きな大会になる予感がしたと回想。
ただ、フットボールアワーとしての漫才の手応えと結果は散々なもので、その原因は“つぎはぎ”のようなネタの構成だった。
岩尾は「あの時にウケたくだりと、ここのくだりと…みたいな寄せ集めで。小ネタ集みたいなので4分を構成した。ウケたところばっかりやから『絶対エエやん』と思ってたけど、(審査員からすると)“よう分からん奴がそんな繋がりのないネタされても”みたいなことで。やってる途中で『もう全然アカンわ…』って思いながら手応えもなく終わって、点数を見たら松本さんが55点、紳助さん66点っていう。“芸人に向いてないですよ”と烙印を押されたような感覚で、『もう終わった』ってホンマに思った」と振り返り、雑な台本の作りを見事に見抜かれたことを明かしていた。
その後は「松本さん、紳助さんに認められたい」というモチベーションだけで自らを奮い立たせ、翌年の2002年大会では準優勝と大きく躍進。優勝を達成した03年大会よりも「一番うれしかった」のが02年大会の1本目のネタだったといい、「松本さんと紳助さんからも、良い点をもらった。そこで『やった!』っていう。ちょっと目標を達成したみたいな感じやから、優勝はできひんかったけど、別にそこはええかみたいな」と、憧れの2人から付けられた点数は忘れられない思い出のようだ。
「2002年の第2回大会1stラウンドでは、松本は同大会で最高評価となる85点を付け、紳助さんも最も高い得点となる89点を付けて絶賛しています。また、最終決戦の投票でも、松本は優勝したますだおかだではなく、準優勝のフットボールアワーに票を入れており、岩尾にとってはこれも“嬉しかった”記憶でしょう。一方で、ひときわ目を引くのは当時の一部の審査員による平均得点の低さやバラつきです。50点や60点台が普通に出されていた時代で、70点台から80点台が出れば、岩尾が『良い点数をもらった』と感じるような基準だったわけです。現在では90点台が“普通”で、2025年大会でも最低評価は88点。9人の審査員のうち5人が1度も80点台を出さず、全てのコンビのネタに90点台を付けています。これは出場者のレベルが上がったと考えることもできますが、ネタに優劣をつけるのが審査員の役割だと指摘する声も少なくありません」(テレビ誌ライター)
最近では、視聴者が“審査員を審査する”風潮も強まっており、SNSの普及と審査員の低年齢化がジャッジをマイルドにさせているのかもしれない。
(木村慎吾)
