8月16日、フィギュアスケートの羽生結弦選手が神奈川区制90周年記念事業のイベントに参加した。東日本大震災で被災した羽生選手が一時練習拠点としていた当時の神奈川スケートリンク(現・横浜銀行アイスアリーナ)で、エキシビションと子どもスケート教室が行われ、子どもたちとの触れ合いを満喫。「失敗してもいいからやってみよう」「いっぱい転んでOK。僕らもいっぱい転んでいる。でも、あきらめずに練習するといつかうまくなる」と励ました。
「羽生選手のお父さんは、現在宮城県の中学校で校長を務める教育者です。だからなのか、子どもたちに向かって『先生のほうにきてごらん』など、自分のことを自然に“先生”と呼んで指導していたようです。羽生選手自身も将来の夢として『指導者になりたい』と言っていましたから、人にものを教えることは嫌いじゃないのでしょう」(スポーツライター)
かねてより、羽生選手は演技構成を組み立てる能力の高いことが知られており、選手を続けながらコーチもできるのではないかという期待もある。平昌五輪後に引退するとも噂されたことがあるが、羽生選手には、現役を続けさらなる高みを目指しながら後進を指導するという試みも、新しいチャレンジとして相応しいのではないだろうか。
(伊藤その子)