10年前にはみな、なんとも思わずに聞き流していたのだろう。
5月15日に再放送されたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」第37回にて、忠兵衛(蟹江敬三)の何気ないセリフに視聴者が涙する場面があった。しかも2013年の本放送当時には、どうってことのないセリフだったという。
ヒロイン・アキ(能年玲奈)の祖父で、春子(小泉今日子)の父親である忠兵衛は、遠洋漁業の船に乗る漁師。北三陸市の自宅には年に一度、10日間ほど戻ってくるだけだ。いまはちょうどその時期にあたり、24年前の家出から戻ってきた娘の春子や初めて出会った孫のアキともども、一家だんらんを楽しんでいた。
ある朝、忠兵衛は妻の夏(宮本信子)に「あとで保険証出しといてけろじゃ」と話しかけ、春子は「病院行くの?」と質問。夏は「ううん、定期健診だ。恒例の」と答え、忠兵衛も「まあどこも悪くねえんだけどな」と応じていた。
「一年にわたって漁を続ける漁船の船員にとって、年に一度の定期検診は重要なイベント。不調が発見されたら症状が軽くても早めに治療しておくことで、長い航海に備えるものです。それゆえ忠兵衛が定期検診に行くのも当然ですが、令和のいま、この場面をあらためて振り返ると、感慨深さを感じずにはいられません」(芸能ライター)
忠兵衛を演じる蟹江は高校在学中に俳優への道を志し、「あまちゃん」の放送時点ですでに50年近くのキャリアを誇る名優だった。時代劇や刑事ドラマでは悪役を演じることが多く、1978年放送のドラマ「熱中時代」(日本テレビ)で演じた警察官役をきっかけに善人も演じるように。本作でも漁師らしい荒っぽい気性ながら人の好さが垣間見える役を務めている。
そんな忠兵衛に視聴者が和むなか、「あまちゃん」後の運命を知る人たちは、今回のセリフに思わず聞き入っていたのである。
「『あまちゃん』が終了してわずか2カ月の2013年12月、蟹江は末期の胃がんと診断されました。翌年1月からは入退院を繰り返し、3月30日に帰らぬ人となったのです。5月にはお別れの会が催され、700人が参列するなか“孫”の能年は報道陣の問いかけにも応えることができず、大粒の涙をぼろぼろとこぼしていました」(前出・芸能ライター)
もし蟹江が「あまちゃん」第37回が放送された2013年5月や、それ以前の収録時に健康診断を受けていたら、もっと早く胃がんが見つかっていたはず。今回の再放送で視聴者は能年と同様に、涙なくして蟹江の姿を見られなかったことだろう。