制作側はなんとか、解決法をヒネりだしていたのかもしれない。
11月30日放送のNHK連続テレビ小説「ブギウギ」第44回では、ヒロインのスズ子が喫茶店で流れていた楽曲「蘇州夜曲」を耳にし、作曲者の羽鳥善一に「ワテに蘇州夜曲を歌わせてもらえまへんか?」と直訴する場面が描かれた。
戦時色が濃くなる中で得意とするパフォーマンスを封じられていたスズ子。その打開策として兵隊からも人気が高く、敬愛する羽鳥の手による「蘇州夜曲」を歌おうともくろんだものだ。だが羽鳥は彼女の狙いを見破り、「君は心から『蘇州夜曲』を歌いたいわけじゃないだろ」と喝破したのだった。
この展開にスズ子の苦悩が描かれるなか、一部の視聴者からはスズ子と「蘇州夜曲」の出会いに不自然な点があるとの指摘も出ているという。
「喫茶店に貼られていたポスターを見て鈴子は、『蘇州夜曲』が羽鳥の曲だと知りました。ところがそのポスターには肝心な歌手の名前が書いていなかったのです。いくら羽鳥が大物作曲家とはいえ、歌い手の名前がないレコードのポスターなど聞いたこともありません。中華風のイラストを用いたポスターに、制作側の行き過ぎた創作を疑う声もあがっていたほどです」(テレビ誌ライター)
実のところ、蘇州の名園である拙政園もしくは留園を背景に、チャイナ服姿の女性がたたずんでいるデザインは、当時実際に発売されていたレコードジャケットを丁寧にトレースしたもの。「蘇州夜曲」に関しても史実を丁寧になぞっているのである。
ただ本物のジャケットにはちゃんと、歌手の名前が印刷されていた。作中に登場したポスターではその名前が丸ごと消された形になっていたのである。なぜそんな演出を施していたのだろうか?
「一つには『蘇州夜曲』が実在の楽曲であることが理由でしょう。真の作曲者である服部良一に関しては、その服部を羽鳥善一のモデルにしていることから、作曲者名を羽鳥に置き換えるのも作品的にはアリだと言えます。しかし歌手のほうは『ブギウギ』と無関係ですから、実際の名前だろうが仮名だろうが、勝手に使うことはできないと判断したのかもしれません」(音楽関係者)
もう一つの理由は、蘇州夜曲のレコード盤で歌っていた歌手が渡辺はま子だったことだろう。李香蘭(山口淑子)の歌として知られる蘇州夜曲だが、日本コロムビアが発売したレコードは国内で制作されたこともあって、コロムビア所属の人気歌手である渡辺はま子により歌唱されていたのである。
しかしここに渡辺の名前が載っていても、現代の視聴者は「李香蘭じゃないの?」と混乱しそうなもの。そういった無用なトラブルを避けるためにも、あえて歌手名を記載しないとの判断が正解だったのではないだろうか。