これまで、精神科医として様々な育児の悩みを聞いてまいりました。中にはここに書いたものよりかなり深刻な事例も少なくありません。
暴力をふるっているわけでもないのに、泣き叫ぶ子供を目の前にして途方にくれている母親もいました。また、子供が泣くのは、自分が母親としていたらないからだ、と自分を責めるお母さんもいました。さらには、思わず子供に手を上げてしまい、自分を責め続けて育児ノイローゼになってしまったお母さんもいました。
こうしたお母さんたちには、共通点がありました。
それは、ストレスの原因が実は子供に対してではなく、配偶者や家族に対するものだということです。お悩みを聞いていると、そこには母と子だけの世界で、父親の存在を感じることはできませんでした。誰の助けも得られずに、ひとり悩んでいる母親の孤独を感じました。
子供は母親に対して生きるすべてをゆだねています。母親は自分だけではない他の命の重みを背負っているのです。孤独と不安を抱えながら24時間、365日、休む間もなく重みに耐えて小さな命を育てているのです。“数時間でもいいから、育児から開放されたい”と思うのは当然のことだと思います。
最近では“イクメン”という「育児をする父親」がクローズアップされるようになりましたが、それは社会の中のまだほんの一部です。世の中には、働きながら子育てをしているシングルマザーも決して少なくありません。
子育ては夫婦の問題であり家族の問題であり、社会の問題でもあります。ですから、お母さん方は、もっとまわりに助けを求めてほしいと思うのです。夫がダメなら両親、家族がダメなら信頼できる友人や知人、行政に「手を貸して」と積極的に言ってみてください。思いがけない人が助けてくれるかもしれません。もしかしたら「うちの子と遊んで」と、声をかけられるのを待っている人がいるかもしれません。
自分が一番困っていることを声に出して言ってみる。これはストレスを抱え込まない方法として、大変有効です。
また、子は親の鏡、親は子の鏡です。子どもは親のなすことを真似ることによって様々なことを学びます。
たとえば、家の中で妻が夫をないがしろにしている家庭では、子供も父親をバカにします。夫が妻に命令ばかりしている家庭は、子供も他者に対して命令口調になります。
無表情な母親の子供は、人の顔色をうかがい、表情によって相手の感情を察知するということができません。そればかりか、子供自身も無表情になり、感情を表現することができなくなって、発達障害を起こすこともあるのです。
では、どうしたらいいのでしょうか。
決して難しいことではありません。【自分がされて嫌なことは、他者にもしないこと】です。子供は親の所有物ではなく、ひとりの人格を持った人間です。
子供におもちゃを片付けてほしければ「片付けなさい」と、命令するのではなく「おもちゃの片付けお願いね」と言ってみる。それでも受け入れてもらえなかったら、「一緒に片付けよう」と誘うなど、親がまず手本を示してあげればいいのです。
そして、子供がお願いを聞いてくれたら「ありがとう、ママ嬉しい。ちゃんとお片付けできたね。えらいね」といって笑顔で抱きしめて褒めてあげてください。褒められたら、誰でも嬉しいですし、ちゃんとできたという達成感もあります。なにより、大好きなお母さんに褒められるのは、子供にとってこれほど幸せなことはありません。
お母さんは、子供を産み育てるという人類にとって大きな役割を果たしています。それだけでも、社会において素晴らしいことを成しているのです。
どうか母親であること、親であることに、まずは大きな誇りと自信を持ってください。
ここまで読んでくださったみなさんが、これからおおらかな気持ちで育児をしていけるようになってくだされば幸いです。
(監修・ストレスケア日比谷クリニック 酒井和夫院長/取材・文 李京榮)