その言葉に疑問を呈する向きもあったようだ。
6月9日放送のNHK連続テレビ小説「らんまん」第50回では、主人公の万太郎(神木隆之介)がいよいよ石版印刷の手順を教わることに。その際に口にした言葉には、自己否定につながりかねない危うさが潜んでいたという。
大畑印刷所にて見習い修行を始めた万太郎。前向きな態度に感心したのか、絵師の岩下(河合克夫)は職人の前田(阿部亮平)と共に、印刷の仕組みを万太郎に教えていた。
かつて錦絵作りの職人だった岩下は、木版印刷のころは彫り師が主版を掘り、絵師が色を分け、擦り師がバレンを使って刷り上げていたと説明。それが石版印刷になると「彫り師も擦り師も要らなくなる」と語り、名も残さず消えていくと嘆いていた。
それに対して万太郎は「それは消えたがじゃない。新しい場所に根付いて、そして芽吹いていくがじゃと思います」と反論。新しい形に合った形で変化し、もっと強くなって生き抜いていく。それが生きるものの理(ことわり)だと主張していた。
「技術の発展に伴って様々な職業が消滅してきたことは時代が証明しています。木版印刷もそうですし、今回の作中に登場した馬車も自動車に駆逐されました。そこで職を失った人たちは新たな場所で芽吹けばいい。万太郎はそんな考えの持ち主のようです」(テレビ誌ライター)
工場長の大畑は、かつて自分が火消しだったことに言及。印刷所に商売替えしたことで一番新しい時代の切っ先に立ったと語り、「その静かな指先からみなの度肝を抜くもんを生み出してるんだ」と胸を張っていた。
その大畑は万太郎の言う通り、新たな場所で芽吹くことができたのだろう。だが万太郎自身はどうなのか。彼の発言には実のところ、自己否定が含まれているというのである。
「万太郎はいま植物学雑誌を自らの手で生み出すために、印刷術を学んでいる最中。そこに掲載するのは、見たものをありのままに表現するための精緻な植物画です。しかしいずれ、植物画は写真にとって代わられ、印刷も石版印刷から近代的な機械印刷へと変化するもの。そう考えれば万太郎がいま取り組んでいること自体が、過去の遺物となりかねません」(前出・テレビ誌ライター)
大畑は火消しを辞めて印刷所を立ち上げるという、大幅なジョブチェンジを果たしていた。それは植物が新たな場所で芽吹くというよりも、違う植物に変わってしまうほどのコペルニクス的な変化だ。むしろ大畑は過去の自分を否定できたからこそ、石版印刷という最新の技術に転換できたのではないだろうか。
一方で万太郎は、植物学に自分の人生を捧げるという決心を胸に土佐から上京し、印刷所で見習い修行を始めたりしている。それは確かに彼の言う通り「新しい場所で芽吹く」姿勢の表れだろう。
「しかし万太郎の変化は決して、大畑や岩下が経験してきたほどの大きな変化には該当しないように思われてなりません。彼が植物学を諦めて文学に目覚めでもしない限り、大畑がどれほど大きな決断をして火消しを辞めたのか、実際には理解できていないように思えてならないのです」(前出・テレビ誌ライター)
植物は交雑や遺伝子損傷などを経て進化を続けていくが、自分の想いに忠実すぎる万太郎は自身の生き方を進化させられるのか。寿恵子と結ばれることで少しは彼の人生に変化が生じるのか、視聴者も気になるところではないだろうか。