名作「北の国から」(フジテレビ系)などで知られる倉本聰が原作、脚本を手がけ、「沈まぬ太陽」(09年)や「Fukushima50」(20年)の若松節朗監督がメガホンを執った。倉本聰が「どうしても書いておきたかった」と語る、構想60年の力作だ。倉本聰は登場人物の生い立ちなどスクリーンには出てこない詳細な年表まで設定しているそうだ。それがこの昨品の生々しさとリアリティにつながっている。
世界的画家・田村修三(石坂浩二)は、自身の展覧会の目玉作品が贋作であることに気づき愕然とする。報道が過熱する中、この絵を所蔵する美術館館長は、修三の妻・安奈(小泉今日子)に何かを伝えようとするが自殺してしまう。同じ頃、小樽で全身に刺青の入った女の遺体も発見された。この二つの事件をつなぐ存在として浮かび上がったのが、表舞台から姿を消していた天才画家・津山竜次(本木雅弘)だった。実は、修三と竜次は昔ライバル関係にあり、夫婦関係が冷え切っていた安奈は、かつての恋人・津山の名前を聞いて心ざわめくが─。
「人間を描く」点においてトップクラスの監督と脚本家に加え、キャストも演技巧者ぞろい。特に天才画家・津山役の本木と、彼の過去を知るフィクサーのスイケン役・中井貴一がいい。スイケンは津山に廃校を改造したアトリエや豪華な食事、医療などを提供して彼の隠遁生活を支える(なぜそんなことをするのか)。すべてが謎めいていて興味が尽きない。
津山が激しくキャンバスに絵の具を叩きつける創作シーンは、一見の価値あり。清水美砂や倉本門下生の菅野恵らが〝津山のミューズ〟となって白い柔肌を彼の芸術にささげるシーンのエロティシズムも見逃せない。「美とは何か?」のテーマを堪能できる「大人の映画」である。
(11月22日全国公開、配給 ハピネットファントム・スタジオ)
前田有一(まえだ・ゆういち)1972年生まれ、東京都出身。映画評論家。宅建主任者などを経て、現在の仕事に就く。著書「それが映画をダメにする」(玄光社)、「超映画批評」(http://maeda-y.com)など。