元NHKアナ・中村克洋「人生を動かす“顔”パワー」講座/顔のサイエンス④命を守る「何でも表情に見立てる細胞」の神秘!
まず、上の写真を見てください。私の行きつけの居酒屋のカウンターです。大学の授業で学生のみなさんに見せると「キャッ!かわいい顔!!」というリアクションが返ってきます。そう、“顔”に見えますよねえ、この“どんぶり”。しかも“ヒトの顔”ですよね。でも、3つの点である“∵”が、なぜ“ヒトの顔”に見えるのでしょうか?
それは、水玉模様のように、どんなにたくさんの点があっても、私たちは、3つの点を選び顔に見立てるからです。多くの点々の中からランダムに選んだ2つの点を「これが“目”だ」と決めてしまえば、3つ目は、どの点を選んでも、どんなに離れていても、上にあっても下にあっても、“口”に見えてしまいます。大、小、斜め、時には逆さまのものもあるかもしれませんが、3つの点が、みんな顔に見えてきます。実はこれ、脳の「側頭連合野」にある「ヒトの“顔(認識)細胞”の働き」 なのです。顔細胞は、点が3つあると必ず、まず“両目”、そして“口”を認識するようにできているのです。これは「シミュラクラ現象」と呼ばれています。
人類は、進化の過程で、自分の仲間と天敵動物(プレデター)を瞬時にして見分ける能力を身につけました。その顔が、ヒトか、それ以外の危険な動物であるかを判断し、命を守ってきたのです。相手が同族(ヒト)であっても、その顔が、危険な表情か、安心な表情かなど、相手の喜怒哀楽を一瞬で見分け、敏感に対応するという“顔(感情)コミュニケーション”の能力も、ヒトは獲得しました。
ヒトや動物に限らず、世の中には“顔”があふれています。たとえば、私たちが目にする家の、2階の2つの窓が目、玄関のドアが口に見えることはよくあります。街ですれ違う車にはそれぞれに特有の顔が認識できます。自動車メーカーは“人の顔”を意識して車をデザインするそうです。しかも、強く、速そうな顔を…。実はこれは交通安全にも効果があるそうで、歩行者が車の前面を顔だと捉えることで、いち早く車の存在を認識し、身の安全を図るという効果が期待できるといいます。
他にも、壁の染みが、“幽霊の顔”に見えたり、写真の背景に、顔が見えたりすることもありますよね。ヒトは、あらゆるシチュエーションで「3つの点を選んで、それを顔に見立てる」のです。そして有害か無害かを瞬時に判断して、身の安全を図り、生き延びてきたのです。
ちなみに、AI(人工知能)の顔認識について触れておくと、前述した「シミュラクラ現象」は、「カメラなどの顔認識」にも使われています。カメラはまず、「両目と口」の3点セットを捕捉し、それを顔と認識しピントを合わせ撮影。これが「カメラの顔認識」のプロセスです。実際の顔認識は、目と口だけに限らず、顔のいくつものポイントを結んで図形化し、その組みあわせで幾何学的に認識するのだそうですが、近年のAI(人工知能)の進歩は、顔認識の分野でも革命的な向上をもたらしました。「たくさんの人の中から“特定の顔”を捜す」「その人の動向を追う」などの高度な顔認識が可能となっています。防犯カメラの追跡で犯人の足取りが詳しく究明されることもしばしばです。
でも、ヒトは、これよりもさらに複雑な作業、たとえば顔から、相手の気持ちを読みとるという作業を、顔細胞で、やすやすとやっているのです。人がそんな能力を持ったのも顔を認識するということが、ヒトにとって、生き残りをかけた重大事だったからです。
顔コミュニケーションは現代でも人類に不可欠、重要な超能力です。次回、顔認識について、さらに興味深い事実をお伝えします。
●プロフィール
なかむら・かつひろ1951年山口県岩国市生まれ。早稲田大学卒業後にNHK入局。「サンデースポーツ」「歴史誕生」「報道」「オリンピック」等のキャスターを務め、1996年から「ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)ほか、テレビ東京などでワイドショーを担当。日本作家クラブ会員。著書に「生き方はスポーツマインド」(角川書店)、「山田久志 優しさの配球、強さの制球」(海拓舎)、「逆境をチャンスにする発想と技術」(プレジデント社)、「言葉力による逆発想のススメ」(大学研究双書)などがある。講演 「“顔”とアナウンサー」「アナウンサーのストップ・ウォッチ“歴史館”」「ウィンウィン“説得術”」
