【箱根駅伝2度目の3連覇】青山学院大のアンカー・折田選手の評価が爆上がりしたサンジャポでの「受け答え」とは
1月2日、3日に開催された「箱根駅伝」で2度目の3連覇を成し遂げた青山学院大学。1月4日、生放送の情報・ワイドショー番組「サンデージャポン」(TBS系)に、原晋監督ほか、優勝に貢献した選手の中から3名の箱根ランナーが出演。同日付のYouTubeチャンネル「サンデージャポン【公式】」でその模様が公開されると、「受け答えしっかりしてるな」「喋り上手」と評判を集める選手がいた。
スタジオに来たのは往路5区の山登りで異次元の走りを見せ、1時間7分17秒の区間記録を樹立、往路優勝に大きく貢献した黒田朝日(4年)、復路8区、区間記録で後続を突き放し勢いをつけた塩出翔太(4年)、そして、10区アンカーでゴールテープを切った折田壮太(2年)の3選手だが、アンカーの折田選手に、「10区をどんな気分で待っていたのか」と質問したのは、元衆議院議員でタレントの杉村太蔵。折田選手は、よどみなくこう答えた。
「1区から9区の選手がタイム、順位ともあれ次に走る選手のことを思って最大限の力を出してくれたタスキ。“どこで来ても大丈夫なように、僕が10区にいた”と思っていたので、そこは自信を持ってスタートラインに立てました」
さらに、右手3本、左手4本の指を突き出してゴールしたのはなぜかと、MCの爆笑問題・田中裕二から、またも折田選手に質問が及ぶと、
「SNSとかでも折田は手がかじかんで『3』が出来なくて『4』になったとか言われてたんですけど…。右手は3連覇の『3』で、左手の『4』は3連覇が4連覇に続くようにとの願いを込めて。あと、それを足して『7』っていう数字は、去年、亡くなられたチームメイトであった皆渡星七(みなわたり・せな)の『7』っていうところで、その4年生がチームに在籍したっていうところを最後、箱根の歴史に刻みたいなっていうふうに思って…」(折田選手)
皆渡さんは昨年2月、悪性リンパ腫のため21歳の若さで他界している。
折田選手のまるでタスキをつなぐように心をつかむ言葉を続ける受け答え、そしてチームメイトを思う気持ちの強さも「常勝の青学」の強さの根底にあるかのようだった。
(所ひで/YouTubeライター)
