くも膜下出血のため亡くなったジャニーズ事務所・ジャニー喜多川元社長の家族葬が7月12日、都内のジャニーズアイランドの稽古場で執り行われた。所属タレントおよそ150人が祭壇のジャニーさんと最後のお別れをした。ジャニー氏の壮大すぎるラストステージの司会をしたのはTOKIOの国分太一とV6の井ノ原快彦。ジャニーズタレントのなかでも5本の指に入る、らつ腕司会者コンビだ。
この2人で思い出されるのは、18年3月まで繰り広げていた朝の情報番組MC合戦だ。当時を知る芸能関係者は言う。
「TBS朝の顔だった情報番組の『はなまるマーケット』が14年3月に終了して、後番組『いっぷく!』の司会を務めたのが国分でした。現在は『ビビット』に改題されて、放映されています。一方の井ノ原は、その4年前からNHK総合の『あさイチ』初代キャスターとして、有働由美子アナとタッグを組んでいました。井ノ原は18年3月に卒業して、現在は2代目キャスターの博多華丸・大吉にバトンタッチされています。当時、朝の情報生番組で同時間に同世代ジャニーズが司会を務めるのは前代未聞とあって、常に注目されていました」
さかのぼればこの2人は、元メンバーという間柄だ。入所は井ノ原が87年で、国分が翌88年。同年に結成された光GENJIのバックダンサー・平家派として、TOKIOの城島茂、元メンバーの山口達也、V6の坂本昌行、長野博らと活動していた。しかし、ユニットは自然消滅。元メンバーとなった面々は失業同然となり、迷走した。
「退所するか続けるかを悩んだとき、期せずして2人は同じ選択をしています。先輩の付き人も兼任したのです。国分は、城島と松岡昌宏の3人で中村繁之の主演ミュージカルに出演した後、仕事がなくなったので中村の付き人をしました。わずか20日間でしたが、アイドルとの兼務は精神的にキツかったそう。井ノ原は、同期のSMAP・稲垣吾郎に付きました。航空チケットを手配したり、現場でマネージメントするなどしていたそうです」(前出・芸能関係者)
中居正広や嵐・櫻井翔といった名うてのジャニーズ司会者がいるなか、家族葬で司会という大役を仰せつかった国分と井ノ原。偶然にも、付き人兼業アイドル時代があった苦労人だ。文字どおり、悔しさをバネに花開いた成功例といえる。
(北村ともこ)