どうやら制作陣は主人公を、良い人一辺倒に描こうとはしていないようだ。
6月13日放送のNHK連続テレビ小説「らんまん」第52回では、主人公の万太郎(神木隆之介)が植物学教室の田邊教授(要潤)に、植物標本の分類が終わったことを報告。教授から褒められる場面があった。
分類し終わった標本はロシアに送り、学名の検定を受けることに。万太郎は植物学教室の103点に加え、自分が土佐で集めてきた52点も一緒に送りたいと進言。同席していた徳永助教授(田中哲司)が「ずうずうしい!」と憤慨するなか、田邊教授は万太郎の申し出を認めたのだった。
「万太郎は自分の標本が検定されれば、田邊教授が西日本で標本採集する際に役立つことから『田邊教授にとって利がある。それがたまたま、わしにとっても利がある』と力説。田邊教授は『Exactly!』(その通り!)とその主張を認めていました」(テレビ誌ライター)
万太郎にとっては狙い通りの結果となったこの場面で、田邊教授は「私と君とはよく似ている」と万太郎を評していた。その言葉に万太郎は感謝の意を表していたが、果たして素直に喜んでもいいものなのだろうか?
これまでのところ万太郎は、植物学に人生を捧げたいという思いを貫きつつ、周りの人々とは上手くやってきている。上京して住むことになった十徳長屋の人々や、押しかけ修行をしている大畑印刷所の人々は、万太郎のことが大好きなようだ。
さらには、植物学者になったら迎えに来ると伝えた菓子屋の娘・寿恵子(浜辺美波)や、東京大学の植物学教室で学ぶ学生たちも、万太郎に心酔している様子。それどころか小学校中退の万太郎を疎んじていた徳永助教授でさえ、万太郎の人柄に惹き込まれているようだ。
だが万太郎はこのまま「良い人」であり続けるのか。実のところ田邊教授による万太郎への言葉には、彼の本質を言い表した部分が見え隠れするというのである。
「田邊教授は、自分の利になることなら賛成するという万太郎の指摘を素直に受け入れていました。アメリカの大学でプラグマティズム(実利主義)に触れてきた田邊教授にとって、その指摘はもっともだったのでしょう。一方で、万太郎が自分に似ていると指摘した点に関しては言葉の裏を探る必要がありそう。ともすれば『自分本位』となりかねない実利主義ですが、田邊教授は万太郎のなかにそういった部分を見出していたのかもしれません」(前出・テレビ誌ライター)
ここまで周りの人から愛されている万太郎。大畑印刷所を営む義平(奥田瑛二)は万太郎のことを「熱心で起用で働き者」と評していた。それ自体は事実だが、実のところ人々が万太郎を快く受け入れている理由の一つは、義平が飲み込んだ言葉に表れているというのである。
それは「しかも、お金(までくれる)」という部分。修行の際に教授料を支払うという万太郎は、印刷所としてもありがたい人物だ。十徳長屋にとってもいきなり二部屋を借り上げ、酒や料理を提供してくれる万太郎は助かる同居人に違いない。植物学教室の学生たちにとっても、標本づくりに熱心なうえに菓子まで差し入れてくれる万太郎はありがたい仲間だろう。
このように万太郎は「熱心さ」に加えて「お金」の面でも、周りの人を惹きつけてきた。その原動力は、自分が植物学を極めたいという思いに尽きる。その目的に向かって協力してくれる人たちに、万太郎は尽くしているのではないだろうか。
「田邊教授は万太郎が制作している植物学会誌に関して、権威を損なうものであればすべて燃やし、金も払わないと断言。利にならないものは切り捨てるという宣言であり、実利主義の表れともいえるでしょう。そんな自分に万太郎が似ていると評したことは、万太郎のほうも自分の邪魔になる相手は排除するタイプだと指摘したも同然。今後、そういった万太郎の陰の部分が描かれる可能性が高そうです」(前出・テレビ誌ライター)
万太郎のモデルである植物学者の牧野富太郎博士は、残した業績が大きい一方で、多くの人に疎まれてきたことでも知られている。万太郎もいずれは周りの人々を敵に回すことになるのか。田邊教授の指摘はそんな未来を言い当てていたのかもしれない。