学問の世界でそんなことは絶対にありえない! そんな声が随所から飛んでいたようだ。
7月28日に放送されたNHK連続テレビ小説「らんまん」第85回では、主人公の槙野万太郎(神木隆之介)が東京大学植物学教師への出入りを禁じられる場面で幕を閉じた。だがそこに至る経緯が、現実ではありえない描写になっていたという。
小学校中退ながら、植物学への熱い情熱や精緻な植物画を描く才能を評価され、植物学教室への出入りを認められていた万太郎。だが彼には人として非常識なところがあり、今回の放逐劇もその原因は彼自身にあった。
万太郎は日本植物学会の学会誌「日本植物学雑誌」の制作を手掛けており、第五巻では万太郎自身が発見したムジナモについての論説を掲載。これまでインドやヨーロッパでのみ観察されていたムジナモが日本でも発見されたばかりか、世界で初めて開花を観察したことにより、植物学教室の田邊教授(要潤)から「論文を書け」と勧められていたものだ。
「万太郎のモデルである植物学者の牧野富太郎博士が、ムジナモを発見したのはれっきとした史実です。その論文を巡って田邊教授のモデルである矢田部良吉教授から疎まれ、植物学教室から放逐されたところも史実をなぞっています。ところがこの回では少しばかり史実に手を加えたことにより、学問の世界ではありえない描写となっていました」(週刊誌記者)
史実では牧野博士が、自費出版していた「日本植物志図篇」にてムジナモの発見を報告。しかし同書に大学の資料を使用する際、矢田部教授の許可を得ていなかった。しかも同書には大学や教授への謝辞がなく、これでは矢田部教授がヘソを曲げるのも当然だろう。
それに対して「らんまん」では万太郎が、学会誌の「日本植物学雑誌」に論文を掲載。田邊教授との共著にしなかったことで、田辺教授が激怒した形だ。学会の事務局長を務める大窪助教授(今野浩喜)は「事務局長としての私の落ち度です」と謝罪するも、田邊教授は「論文はそれぞれに任せられていただろう」と指摘していた。
「学会誌に論文を掲載する際には必ず『査読』を経る必要があります。第三者が論文の内容を確認したうえで、初めて掲載されるのです。筆者自身の確認だけでは単純な用字用語のミスもあり得ますから、最低でも誰かが校正読みをするのは常識中の常識。それゆえこの場面に『誰も査読してないなんてありえないだろう!』との批判が出るのも当然でしょう」(前出・週刊誌記者)
史実では、牧野博士が自費出版した本だったゆえに、誰の査読も受けていなかったのも当然だ。それをなぜ植物学会の学会誌に置き換えたのか。史実を改ざんするのであれば、帳尻を合わせる必要があるのは当然ではないか。
たとえば査読した大窪が「田邊教授の名前を入れろ」と命じていたのに、万太郎が無視していたというストーリーなら何の問題もなかったはず。しかし今回の内容では史実と虚構のすり合わせが行われていなかったのである。
「本作は実在した人物をベースに、脚色を加えたストーリーを展開。ほとんどの場面で物語に破綻はなく、よく練られた脚本に感心する視聴者も多いものです。それが今回なぜ、自費出版と学会誌を同一視するようなミスを犯したのか。制作陣のなかに学問の常識に通じた人物がいなかったのかもしれません」(前出・週刊誌記者)
ともあれ、万太郎が田邊教授に疎まれ、東大への出入りを禁止されたのは史実通りだ。果たしてこれから万太郎はどうやって研究を続けていくのか。ここからが見ものであることは確かだろう。