人生の最期をどう締めくくるか。多くの文学作品が挑んできたテーマだが、老人文学の最高峰と称される筒井康隆の同名小説を、全編モノクロームの映像で実写化した本作は、独創的な作品だ。
主人公はフランス近代演劇史を専門とする77歳の元大学教授・渡辺儀助(長塚京三)。妻に先立たれ、今では、古民家で男やもめの1人暮らし─。すべての家事をつつがなくこなす姿は、研究者らしい几帳面な性格とこだわりを感じさせ共感できる。
悠々自適な引退生活と、うらやましくなるが、彼は預貯金があと何年もつかを常に計算している。「それ以上の長生きは地獄だ」とデザイナーの友人・湯島(松尾貴史)に語り、遺書まで準備している始末だ。
時折、訪ねて来る元教え子の鷹司靖子(瀧内公美)や、バーで知り合った女子大生・歩美(河合優実)ら魅力的な女性と会うと、下心からつい見栄を張る人間的な一面も見せる。
そんなリアルでおかしみある老人の日常が、ある時パソコンに届いた「敵が北から迫っている」とのメールで一変する。他愛のないスパムと思っていたが、謎の「敵」の侵略はすぐに儀助の身辺にも迫り─。
見知らぬ男に襲撃され、死んだはずの妻(黒沢あすか)が現れ、靖子と交わるリアルな夢まで見る。いや、これはどこからが夢なのか。そもそも彼らは最初から存在していたのだろうか。
日常と非日常の境界が曖昧になり、信ずるものが崩れゆく恐怖。その怖さに、老いや死を重ねる映画的手法が鮮やかだ。若い人には、この映画の恐怖は実感できないだろう。
主人公と共に疑似体験できる、「人生残り時間」を意識している年齢の人にこそ勧めたい衝撃作だ。
(1月17日=金=よりテアトル新宿ほか全国公開、宣伝・配給 ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ)
前田有一(まえだ・ゆういち)1972年生まれ、東京都出身。映画評論家。宅建主任者などを経て、現在の仕事に就く。著書「それが映画をダメにする」(玄光社)、「超映画批評」(http://maeda-y.com)など。