デビュー25周年アニバーサリーイヤーのKinKi Kids。堂本剛と堂本光一はともに関西出身で、外で快活に遊ぶより、室内で趣味に没頭する時間を重んじる性格まで同じだ。光一は長年にわたってゲームとF1が好き。“趣味友”も多く、時間や金を惜しみなく投じてきた。
06年ごろ、F1解説者の川井一仁氏に「F1を観に行くんやったら、どこの国がいいですか?」と尋ねたことがある。「ベルギーがいちばんいいよ」と教えられたことで、本当に海を渡った。仕事で多くの海外を訪れた光一にとって、ベルギーのブリュッセルは初体験だった。
「この時、プライベートで海外旅行をすることにジャニーズ事務所関係者は難色を示したそうです。OKの条件として、『行くならファーストクラスにしなさい』と提示された。仕方なくファーストクラスを取ると、非常に高額。『しなさいって言うぐらいやったら、出してくれや』と憤怒しつつの完全自腹だったそうです」(週刊誌記者)
現地では、F1専門誌のなかでもいちばん歴史が深い「GRAND PRIX SPECIAL」の編集者と初めて会った。彼に報道関係者以外は立ち入り禁止のエリアをアテンドしてもらい、さまざまな裏側に潜入できた。プレスパスを手に入れた者だけが観られる景色は圧巻のひとことに尽きたという。歩きながら、「今後、機会があったら取材をさせてください」とトップアイドルの光一のほうからもちかけたことで、本当に連載が決定。コラム「堂本光一のF1賛歌」は、同誌が休刊する16年1月号まで続いた。
「創刊28年の老舗雑誌の休刊は当時、レース業界のみならず、光一もショックだったようです。連載で話す内容がどれだけマニアックでも、編集関係者は全員理解ができた。F1現場での風通しもよくなった。最初に現地をアテンドしてくれた編集者には、感謝してもしきれないかもしれません」(前出・週刊誌記者)
休刊でF1放談ができなくなった光一だったが、ほどなくして新たな光が射し込んだ。「週刊プレイボーイ」で連載「堂本光一 コンマ一秒の恍惚」が始まった。しかも、月1から隔週にペースアップ。心置きなくマニアックトークを展開している。
光一にとってF1は、趣味を超越した存在なのだ。
(北村ともこ)