いよいよオリジナルの要素が強くなってきたようだ。
5月11日放送のNHK連続テレビ小説「らんまん」第29回では、主人公の万太郎(神木隆之介)が東京・根津の貧乏長屋「十徳長屋」に部屋を借りることを決意。裕福な造り酒屋の生まれながら、実家に頼らず生活するように従者の竹雄(志尊淳)に言い含められていた。
家賃はわずか50銭で、長屋を管理する差配人の江口りん(安藤玉恵)に2部屋で1円の手付金を渡していた。明治15年当時の貨幣価値は現在の1~2万倍と言われており、家賃は1部屋5000円~1万円くらいだろうか。いずれにしても貧乏長屋の名にふさわしい激安部屋だ。
万太郎の部屋は壁に穴が開いている始末。床が板張りではなく畳になっていることから、建てられた当初はそれなりに立派な建物だったようだが、その後すっかり荒廃してしまったのだろう。そんな十徳長屋に居を構えた万太郎だが、このストーリーはもはや完全に創作だというのである。
「本作は植物学者の牧野富太郎博士をモデルとしており、実家が高知・佐川の裕福な造り酒屋であることや、小学校中退の主人公が植物を研究するため東京大学に赴く点などは史実に忠実です。しかし万太郎の下宿に関しては場所も家賃も、牧野博士の上京当時とは大違い。史実通りに描いてしまうと万太郎の贅沢ぶりばかりが目立ってしまうことから、あえて貧乏暮らしを始めたように仕向けたのでしょう」(週刊誌記者)
それでは史実はどうなっていたのか。牧野博士が上京した当初に居を構えたのは飯田町(現・千代田区飯田橋付近)で、その下宿代は十徳長屋の8倍もする4円だった。この辺りは江戸時代に武家屋敷が立ち並んでいたお屋敷街であり、家賃を含む生活費は実家の酒屋から仕送りされていたという。
その後、東京と佐川を往復していた牧野博士は、麹町三番町(現・千代田区三番町)に引っ越す。こちらもやはりお屋敷街で、同郷で陸軍に出仕していた若藤宗則という人物の家で2階を間借りしていたという。ここから東京大学までは3キロほどの距離があり、なんと牧野博士は人力車で通学していたというのである。
「三番町に暮らしていた当時、大学に向かう道に菓子屋があり、そこの娘・壽衛に一目ぼれ。やがて結婚し、東京大学の裏手にあたる根岸(JR日暮里駅付近)に新居を構えました。その妻に関しても『らんまん』では内国勧業博覧会で二人が出会っていますし、上京直後に部屋を探していた万太郎は偶然、寿恵子(浜辺美波)の実家で菓子屋の白梅堂を通りかかっています。このように本作ではすでに、創作要素が数多く盛り込まれているのです」(前出・週刊誌記者)
上京後、実家の仕送りで何不自由のない生活を送っていた牧野博士。しかしその史実通りに万太郎を描いてしまったら、視聴者としても<贅沢ばかりして>と主人公に感情移入できないところだろう。
果たして万太郎は十徳長屋でどんな生活を送ることになるのか。ここは制作陣が工夫を凝らしたであろう創作要素に期待したいところではないだろうか。