「しあわせは食べて寝て待て」(NHK)で独特の空気感を放っている宮沢氷魚。美山鈴(加賀まりこ)の部屋に居候しながら、家賃代わりに家事全般をこなしている羽白司(宮沢)。特に薬膳知識を活かして作る料理の数々は、画面から湯気や香りが「え、漂ってきた?」と錯覚させられるほどおいしそうだ。団地のお年寄りからも頼りにされ、いつも「お返し」をもらっている姿を見ると、働かなくてもこうやって生活できるならニートもいいなと思うほど、司はマイペースでいきいきしている。
おそらく、一般的には「ダメ人間キャラ」の司を「いい感じ」と思ってしまうのは、それは宮沢が演じているからではないかと思う。
4月29日放送の第5話では、司は高校生の頃から祖母、続いて母の介護をしていた「ヤングケアラー」だったことが明かされた。長い介護生活で自由を失うことの苦しさや、他人の人生を背負うことの重さを実感した司は、かつて交際していた女性との結婚に前向きになれず破局。それ以降は独身主義を貫いている。また、さとこ(桜井ユキ)には、「父親はいない」とだけ説明した司だが、実は司の父親は蒸発していた。そのことを知っているのは鈴だけだ。「自由でいないと自分が保てない」と言い、いつか自分も父のように、ふらりとどこかに行ってしまうかもしれない、という漠然とした不安感を抱えながら生きている司だからこそ、どんなに仲良くなった人であっても、話す時の基本は「敬語」なのかもしれない。敬語は人との距離をとるために、とても重宝する道具だから。
そんなヘビーなバックボーンがある司を、良家の坊ちゃんの雰囲気と、地上から2センチほど足が浮いていそうな浮遊感を持っている宮沢が演じると、ひょうひょうとした魅力的な人に見えてしまうのだから不思議だ。役者に演技力はあったほうがいいけれど、必ずしもなければいけないものではない。宮沢を見ているとそんなことを考えてしまう。
放送中のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で演じている田沼意知でも、渡辺謙演じる意次の嫡男でありながら前に出ようとせず、一歩引いて視野を広く持とうとするところに、宮沢が演じているからこその「おっとりした味わい」と「気高い血筋」を感じている。
宮沢演じる司のような男性に恋心を抱いてしまうと厄介なことは明白だが、おそらくさとこはすでに、司に対する恋心が芽生えているように思う。友だち以上恋人未満になったさとこが悩む姿も見てみたいが、蒸発した父親の呪縛から解かれた司のことはもっと見てみたい。
(森山いま)