さすがに荒唐無稽すぎると驚いた視聴者も少なくなかったようだ。
7月12日放送のNHK連続テレビ小説「らんまん」第73回では、主人公の万太郎(神木隆之介)が自分専用の石版印刷機を購入。十徳長屋の自宅に置くため、さらにもう一部屋を借りることとなった。その展開に多くの視聴者が呆れかえっているようだ。
万太郎のモデルである植物学者の牧野富太郎博士は、万太郎と同様に印刷所に通いつめ、印刷技術を身につけていた。しかし印刷機を購入したとの記録はなく、今回のエピソードはドラマならではの創作要素だろう。
そもそも当時の石版印刷機が現代の印刷機械に比べればはるかに単純な機構だったとしても、印刷工程のすべてを長屋のなかで完結するのはほぼ不可能。いくらドラマとはいえ印刷という作業の軽視に、不愉快さを感じる人もいるはずだ。
「ドイツから輸入する石版用の石などを含めて1000円(現在の価値で数百万~1000万円ほど)という大金は、実家の峰屋からもらったお金で賄いました。ただ今回のエピソードはこれまでとは異なり、万太郎のボンボンぶりを示すものではなさそうです」(テレビ誌ライター)
万太郎自身も印刷機を欲しがっていたが、実際に購入を決意したのは妻の寿恵子(浜辺美波)だ。峰屋から大金を預かっていたこともどうやら万太郎は知らなかった様子。つまり虎の子の1000円をここで使ってしまおうと判断したのは、誰あろう寿恵子だったのである。
これまでは万太郎が、太い実家の仕送りを当てにして、なんでも好き放題に買いまくっていたもの。アマチュア研究者で無職にもかかわらず、牛鍋を食いまくっていた姿も、そんな万太郎の放蕩ぶりを示していたものだ。
ところが今回、1000円を散財しようと決心したのは万太郎ではなく、菓子屋の娘として商売の現場を知っているはずの寿恵子だった。制作側としては実のところ、そんな寿恵子の判断を見せたかったのではないだろうか。
「牧野博士の妻・寿衛子は、家計を助けるために料理屋を開店。大層繁盛していたそうです。作中では寿恵子のおば・みえ(宮澤エマ)が料亭を経営している設定ですし、母親のまつ(牧瀬里穂)は柳橋で評判の芸者だったとのこと。それなら寿恵子にも料理屋を経営する才能があると、視聴者も納得できることでしょう」(前出・テレビ誌ライター)
いつまでも峰屋からの仕送りに頼っているわけにはいかず、寿恵子も働きに出なければならないことは、視聴者も気づいていたところ。そこから寿恵子が一大決心をするためには、虎の子の1000円を使い果たしてしまうようなエピソードが必要だったのではないか。
自宅に石版印刷機を導入するという荒唐無稽な描写も、実はこの後のエピソードに繋がる伏線だった。視聴者はそんな予感を抱いていたことだろう。