徳川家康が晩年を過ごした城といえば、静岡県静岡市の駿府城だ。本丸の外側を二ノ丸、三ノ丸が囲む輪郭式の平城で、三重の堀を巡らしていた。
現在、本丸と二ノ丸の跡地は駿府城公園となり、21年からは二ノ丸堀を1周する“葵舟”を運航している。この船がなかなかおもろしいと聞き、足を運んでみた。
JR静岡駅北口から20分ほど歩いた北門橋のたもとに乗船場はある。舟は定員11名の屋根付き和船で、船頭さんが案内しながら40分ほどで1周する。出発後、東側をしばし進むと左右に水路が見えた。
「家康公は将軍職を息子に譲り、駿府城へ移られる際、全国の大名に命じて駿府城の大改修を行います。城を囲む3つの堀は水路でつながり、今も横内川、巴川を経て清水湊に注いでいます」と船頭さん。
その先の石垣には井桁や丸印の刻印が見られた。おそらく大名や石工が施工の証や盗難防止に刻んだのだろう。陸からは判然としない刻印を間近に見られるのも葵舟の特権と言える。
東御門橋をくぐり、南側に回り込むと忠実に復元された巽櫓、坤櫓が待っている。水上から見上げた櫓は迫力満点で、敵に攻め込まれた際に真下の相手を攻撃する〝石落とし〟の恐ろしさもよくわかった。
西側を通過して、北側に回り込むとゴールの北門橋が見えてきた。船着き場は橋の向こう側なので、橋の下をくぐる必要があるが、橋桁の高さが低く船の屋根がぶつかりそう。しかし、船頭さんは気にもとめず船を進める。待て、待て。ぶつかるぞ! と思いきや、「頭を下げてください」と声がかかり、スルスルと屋根が下がった。おかげで乗客は這いつくばる姿勢になり大笑い。最後の最後にこんな仕掛けがあるとは、見事にしてやられた。
下船後は公園内を歩いてみる。先の巽櫓、坤櫓は内部も見学でき、東御門、紅葉山庭園、家康が手植えしたと伝わるミカンの木などの見どころもある。
注目は駿府城跡天守台発掘調査現場。家康が晩年に建てた慶長期天守台と、豊臣秀吉の命で江戸へ移る前に築いた天正期(戦国期)天守台が見学できる。時代が異なる天守台を1カ所で見られるのは珍しい。
石垣を見ると天正期は自然石を積む野面積み、慶長期は加工石を積む打込接や切込接で築かれ、工法の変遷がわかる。特筆すべきは慶長期天守台の大きさで東西約63メートル、南北約69メートルもあり日本最大級という。まさに天下人の城である。
内田晃(うちだ・あきら):自転車での日本一周を機に旅行記者を志す。街道、古道、巡礼道、路地裏など〝歩き取材〟を得意とする。