芸能史に残る歌手と作曲家をモチーフにしながら、これほど安っぽい展開にしてしまうとは…。怒りを通り越して呆れてしまう視聴者も多かったようだ。
3月28日放送のNHK連続テレビ小説「ブギウギ」第125回では、歌手引退を決意したヒロイン・福来スズ子(趣里)の自宅を、作曲家の羽鳥善一(草彅剛)が訪問。お互いに相手への非礼を詫びる姿が描かれた。
スズ子は誰にも相談することなく歌手引退を決めており、音楽面で最もお世話になっていた羽鳥には引退を報告しないまま。良きライバルの茨田りつ子(菊地凛子)にアドバイスされたこともあり、羽鳥のもとを訪れようとしたところ、逆に羽鳥のほうから訪ねてきたのだった。
羽鳥はスズ子の引退に猛反対していたことについて、「キミが僕のもとからいなくなってしまうことが、怖くてたまらなかったんです」と告白。「キミとの新曲がないだけで、世間はボクをスランプだという」「キミが女優業にまい進すれば、羽鳥善一は捨てられたなんて書かれる」との苦悩を明かしていた。
そのうえで「ブギ=福来スズ子」になってしまったと語りつつ、「僕はいつしか君に嫉妬していたんです」との本心を吐露。スズ子に対して「嫌な思いをさせて本当に申し訳なかった」と謝罪したのだった。
「この場面、感動を盛り上げるストリングス系のBGMもあいまって、いかにもお涙頂戴の演出となっていました。しかし羽鳥の告白は史実とはかけ離れたものであり、むしろ羽鳥に対する侮辱とも言える内容となっていたのです」(芸能ライター)
スズ子のモデルである“ブギの女王”こと笠置シヅ子は、作曲家・服部良一氏とのコンビでヒット曲を連発。デビューシングルの「ラッパと娘」にはじまり、「東京ブギウギ」に代表される一連のブギなど服部氏の曲ばかりを歌っていた。一部の例外にしても、服部氏の弟子が作った曲だったのである。
一方で服部氏は当時の大人気作曲家で、数多くの映画音楽を手掛けたほか、多くの流行歌を作曲。淡谷のり子「別れのブルース」や藤山一郎「青い山脈」、高峰秀子「銀座カンカン娘」など、現在でも広く知られるヒット曲を多数残している。
それを踏まえれば、羽鳥が「羽鳥善一という作曲家を作ってくれたのは、まぎれもなくキミです」という言葉を口に出すことなどあり得ないというもの。このセリフを口にした時点で、羽鳥(服部良一)という作曲家を史実とは異なる存在に描いているのである。
「スズ子が自分は羽鳥の曲ばかり歌っていたと語ると、羽鳥は『僕の歌だけを? 言われてみれば』と返していました。これも史実を鑑みればあり得ない発言です。笠置シヅ子はコロムビアの専属歌手で、服部氏もコロムビアの専属作曲家を経ておもにコロムビアで仕事をしていました。それゆえ二人のペアが強固だったのは当時の芸能界では常識であり、羽鳥の発言は史実を無視したものとなっています」(前出・芸能ライター)
笠置シヅ子が服部にも無断で歌手を引退し、引退当初に服部氏が激怒していたのは史実だ。服部氏はその後、引退の動機が「自分が最も輝いた時代をそのままに残したい」だったことに理解を示し、二人は和解。引退後はまったく歌わなかった笠置が、昭和35年に開催された服部の銀婚式記念コンサートで歌を披露したことは、二人の強固な関係を示している。
それほどの固い信頼で結ばれていた師弟関係を、今回の演出は台無しにしてしまっていた。ドラマが史実通りである必要とはないとはいえ、今回の筋書きに失望した視聴者が多かったのも無理はないだろう。