ヨットで無人島に渡り、ダイビングで魚を捕まえて食べよう。今から半世紀近く前、高校時代のこと。海好きの教師がそんなキャッチフレーズを掲げて海洋同好会を設立した。ジュール・ヴェルヌの冒険小説「十五少年漂流記」を愛読していたオイラは心を鷲掴みにされ、入部を即決した。
教師が目論んでいた無人島が、今回の目的地でもある神奈川県横須賀市の猿島だ。海洋同好会ではヨットを接岸せず、泳いで猿島に上陸したものの、強風で体が凍え、観光そっちのけでそそくさと船に戻った。今回はある意味でリベンジとも言えるのだ。
猿島への渡船場は京浜急行横須賀中央駅から徒歩15分の三笠公園にある。ビール、弁当、お菓子などで膨れたリュックを背負い、いざ乗船。わずか10分で到着だ。桟橋を渡ると、正面に管理棟、右側の奥に思い出の砂浜が見えた。現在は遊泳禁止になっている。
島内には1周約1時間の遊歩道があり、自由に散策できるが、せっかくなので猿島公園専門ガイド協会の有料ツアー1名600円に参加してみた。何でも、ツアー参加者だけが見られるスポットがあるらしい。
当日の参加者は15名ほど。ガイドさんは「猿島には何匹の猿がいると思いますか?」と質問から案内を始めた。
答えは0匹。一説によると、島名は日蓮宗の開祖・日蓮聖人が房総半島から海を渡り鎌倉へ向かおうとした際に嵐に遭い、白猿の導きでこの島に逃れたことから命名されたそうだ。島の北側に日蓮ゆかりの洞窟もあるが、崩落の危険があるため見学はできなかった。
タブノキ、ヤブツバキ、イヌビワなどに覆われた島内に入る。急勾配の塁道を上ると最大9.3メートルの切通しが始まった。直角に曲がった先の眺めは圧巻! 両側は石垣で固められ、ところどころに赤いレンガ壁が見える。
江戸湾を守るための台場が幕末から築かれ、明治期には24センチカノン砲4門、27センチカノン砲2門が設置された。大正期の関東大震災により砲台は廃止されたが、昭和期には高角砲が据えられ、横須賀軍港を守るための防空砲台となった。
「第2次世界大戦後、進駐軍が猿島に上陸します。塁道が直角に曲がるところの壁にある数々の穴は銃痕です。日本兵の待ち伏せを恐れたようです」
ひとしきり記念撮影が終わるのを待って、ガイドさんがカギを取り出した。いよいよ、ツアー参加者の特典が始まるようだ。
(次回へ続く)
内田晃(うちだ・あきら):自転車での日本一周を機に旅行記者を志す。街道、古道、巡礼道、路地裏など〝歩き取材〟を得意とする。