ミュンヘン五輪で実際に起きた凄惨なテロ事件をもとにした作品。スピルバーグ監督の「ミュンヘン」(2005年)は2時間40分を超える大作だったが、本作は、スイス出身のティム・フェールバウム監督が、偶然事件現場に居合わせたテレビクルーの視線で描いた“没入型サスペンス”となる。上映時間はわずか94分と、ぎりぎりまで削ぎ落とし、見る者のメディア観を大いに揺さぶる。
1972年の西ドイツ。ミュンヘン五輪開催中の選手村で、パレスチナ武装組織「黒い九月」が、イスラエル選手団を人質に立てこもる事件が発生した。五輪中継を担当する、米ABCテレビ局スポーツ班プロデューサー(ジョン・マガロ)らは議論の末、生中継することを決断する。
インターネットもスマホもない時代、スポーツ班のチームが、不慣れな事件取材にもかかわらず、あらゆるツテを使って情報を集め、手探りで中継をつないでゆく展開が熱い。犯人を「テロリスト」と呼ぶかどうかなど、言葉の選択ひとつを巡って議論する姿は、現代では崩れつつある報道モラルの健在ぶりを感じさせる。
斬新なのは、当時のABCキャスター、ジム・マッケイの実物映像をそのまま使っている点だ。そのため撮影では、新撮部分の色合いを合わせるために、古いレンズを装着してレトロ感を強調している。撮影地もミュンヘンなので、さらに臨場感が高まっている。
クライマックスは、ある吉報をめぐり「すぐに報じるか、ダブルチェックを待つか」でチームが揺れるシーンだ。ここでの彼らの決断に心打たれた。
本作が描く「情報発信」や「報道」への真摯な姿勢は、デマがあふれるSNS全盛の今こそ響くテーマだ。
(全国公開中、配給 東和ピクチャーズ)
前田有一(まえだ・ゆういち)1972年生まれ、東京都出身。映画評論家。宅建主任者などを経て、現在の仕事に就く。著書「それが映画をダメにする」(玄光社)、「超映画批評」(http://maeda-y.com)など。