「気を遣う酒」と聞いて真っ先に思い浮かぶシーンといえば「接待」ですよね。
たとえば営業職の会社員の方が、ぜひとも「YES」と言わせたい案件があり、取引先の会社の社長なんかと会食の場を設ける。相手の食の好みや趣味趣向を事前に入念リサーチし、最初から最後まで絶対に失礼な言動などをとらぬよう、そして上機嫌でいてもらうように配慮し、最終的に「わっはっは、今日は実にいい気分だ。そうそうあの件、君にお願いするよ」と言わしめなければならない。
…すみません、経験がないもので完全にイメージの世界ではあるんですが、世の中には規模の大小こそあれ、そういう場が無数にあるのだと想像します。そしてきっと、その場にいたら気を遣うなんてもんじゃないんでしょうね。「せっかくの高級料亭なのに、料理もお酒もまったく味がしなかった」なんて話をよく聞きますが、そりゃあそうだろうなと。
というか、もっと日常的なレベルで、上司とお酒を飲む場では毎回、気を遣わざるをえないとか、世の中にはいろいろと気遣い酒のシチュエーションがあるのでしょう。が、幸いながら自分には、そういう経験がほとんどないんだよな~。
もちろん、いわゆる世間一般的に言う「偉い人」とか「目上の人」と飲む機会が、まったくなくはないですよ。けれども僕の場合「この宴席でうまく立ち回れば、大きな仕事がゲットできる!」みたいなシーンは、これまでの人生において皆無なんですよね。ただ「偉くて酒が好きな人」とか「目上で酒が好きな人」と偶然に知り合って「じゃあ今度、飲みに行きましょう!」となるだけ。そして「いや〜、楽しかったですね。また飲みましょう!」となるだけ。つまり、損得勘定一切なしの飲み友達が、少し増えるだけ。しがないフリーライター業なんてそんなもんですが、打算や見返りを求めつつ飲む酒なんてうまくないだろうし、むしろ自分は幸せ者なのかもしれませんね。
唯一、あくまで“最初だけ”ではあるんですが、自分なりに気を遣うのが、「憧れの人と初めて飲む酒」の場。
もう10年以上前の話になりますが、当時から仲良くさせてもらっていた先輩ライターの安田理央さんから、「パリッコ、今度、ラズさんと飲もうよ」とお誘いいただいたんです。ラズさんとは、漫画家のラズウェル細木先生。アサヒ芸能読者の方ならばほぼ100%の確率で知っているであろう、酒飲みのバイブル的漫画「酒のほそ道」の作者ですよ。もちろん僕も若かりしころから大ファンで、まさか自分の人生にそんな事態が訪れるなんて信じられないこと。大緊張して当日を迎えたのでした。ところが、以下はその日のハシゴ酒の様子を記録した安田さんのブログからの引用。
〈そして、ここでパリッコ撃沈。パリッコと飲んだことがある人はみんな知ってると思うのですが、彼はとにかく飲んでる最中に爆睡するのですよ。 〜中略〜事前に「ラズウェル細木さん、すごいファンなんですよ! うわー、一緒に飲めるなんて夢みたいですよ。僕が店に連れて行くなんて、プレッシャーですよ!」なんて言ってたのに、平然と寝る男。いやぁ、これでこそパリッコ〉
…まぁ、酒飲みなんて結局、こんなもんですよ。ラズウェル先生、その節は大変失礼しました! 本当の本当に、大ファンなんです!
ところで安田さんのブログにあるとおり、僕は飲み会の最中にでもついうとうとと寝てしまうことがあり、それをよく友達にからかわれたりします。同席の方には絶対に迷惑だし、なるべくなくそうと努力はしているのですが…。そこで次回のテーマ、「酒と睡眠」でどうでしょうか。
パリッコ:酒場ライター。著書に「酒場っ子」「天国酒場」など多数。スズキナオ氏との酒飲みユニット「酒の穴」としても活動している。「パリッコの都酒伝説ファイル(2)」絶賛発売中!