インターネットがあろうが無かろうが、炎上する時は炎上する。お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が4月7日放送の「しゃべくり007」(日本テレビ系)にゲスト出演し、“ネットなき時代の炎上”騒動を振り返っている。
番組では、生放送での大暴れや失言グセがある太田の炎上歴にまつわる話題を取り上げ、35年前の1990年10月、ラジオ番組「ビートたけしのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)で大問題となった太田の問題発言が紹介された。
当時、メインパーソナリティだったビートたけしが病欠となり、爆笑問題が代打を任されると、まだ25歳だった芸歴2年目の太田は冒頭からボケのつもりで「たけしさんがとうとう死んじゃいました」と発言。これが大騒動となり、スタジオで当時の音声を聞いた太田は「炎上も何も、その頃はネット無いからね」と語り、「ただ抗議の手紙が殺到しただけ」だと釈明していた。
番組では、他にも太田の問題行動として「笑っていいとも!」(フジテレビ系)での仰天行動を紹介。同番組レギュラーだった太田は、ハリウッドスターのトム・クルーズがゲスト出演した際の出来事として、「あの人って、すごいサービス精神旺盛で、アルタ(スタジオ)の客全員と握手してたの」「オレたちとも握手をしてくれようとしたから、最後に“ギューッて握りつぶした”」と振り返り、トムの股の間をワシづかみにしたと打ち明けていた。
「太田の場合、暴走芸をはたらくターゲットとして、自分よりも格上の先輩や大物を狙う傾向が強いという特徴があり、そのあたりが“炎上はするが憎めないキャラ”をキープできている理由かもしれません。特に、『死んじゃいました』発言をしたのは、まだデビューしたての2年目の新人時代であり、すでにお笑い界のトップに君臨していたたけしへの不謹慎なイジりは無鉄砲にもほどがあります。最近では、フジテレビの問題から逃げ回っていると批判された前取締役相談役の“帝王”日枝久氏にも、同局の生放送番組で『日枝!出てこい!』とイジるなど、自分よりも上の存在しか狙わない主義は変わりません。このブレない姿勢こそが、幾多の炎上を巻き起こしながらも、芸能界の大御所として活躍し続けられる所以でもあるのでしょう」(テレビ誌ライター)
ネットの有無に関わらず、炎上劇を繰り返してきた太田だが、まだキャリアの致命傷となるような事態には遭遇していない。この背景には、彼を知り尽くし、事務所「タイタン」の社長として長年支え続ける太田光代氏の献身的なケアも無関係ではないのかもしれない。
(木村慎吾)