大阪のあるところにおでんの名店があって、最寄り駅から離れた静かな道沿いにポツンとあるようなお店なんですが、そこに2回行ったことがあります。建物からして年季が入っていて、私の大好きな雰囲気。営業時間はかなり短く、決して行きやすいお店ではないのですが、そういう営業形態だからこそ守られている魅力があったりします。
基本的には女将さんが1人で切り盛りしているようで、お店に入ると、どこかピシッと緊張する空気が漂っています。ヘタなタイミングで注文したら叱られそうな感じ。パリッコさんもそうだと思うのですが、あちこちの酒場を巡ってきたからか、入った瞬間に「あ、さてはここ、緊張する店だな?」というのがわかったりしますよね。その店もまさにそれ。
おでんの具材は結構いろいろあって、なるほど、どれを食べてもめちゃくちゃおいしい。店主は寡黙に見えて、常連らしき方とは割と気さくに話しているようでもある。これは〝ツンデレ店〟なのかもしれない。最初は緊張するけど、それはマナーの悪い客を寄せ付けないための予防線でもあって、通い詰めたら一気に心を開いてくれるのかも。実際、その時も閉店時間が近づいてきたところで余ったおでんをサービスしてくれたりして、「なんだ! 優しい人だー!」と、最初の緊張があったからこそ、逆にその店が好きになってしまったのでした。
が、それからしばらくして、友人と同じ店を訪ねた時のこと。入ってすぐの緊張感は前回同様で「そうそう、これこれ!」と心の中で思いつつ、瓶ビールとおでんをいくつか注文したのですが、あまりに女将さんの対応が意地悪で、何回声をかけても振り向いてくれなかったりするんです。
店の壁に映画のポスターが貼られていて、それを見た私が「あ、この映画面白いらしいですね」と友人に言ったら、その女将が「見たの?」と聞いてきて、「割と小さな声だったのに聞こえてたのか」と驚きつつ「いや、見てないんですけど気になっていて」と返すと、「なに、見てないんだ? 見たから言ってるのかと思った(笑)」みたいな、めっちゃ感じ悪く笑われて、あれは何だったんだ。っていうか、あの店に映画のポスター貼らせてもらえた人、どうやったんだ!?っていう。
そんな店なんですけど、おでんの玉子がめっちゃくちゃおいしいんですよ! どうしたらあんな風にできるのかわからないんですけど、注文してから鍋に入れて、黄身がトロッと半熟でありつつしっかり出汁がしみた状態で出してくれるんです。私の人生に登場したおでんの玉子の中でも屈指の存在感。日本酒を合わせたくなるような味だった。あの玉子だけでもどうしてもまた食べたいんですが、それ以来行けていないあのお店、意地悪されそうで怖いんだよな…。
それとはまたまったく別の方向で、好きだったけど閉店してしまった立ち飲み屋さんが大阪にあって、女将さんはもうそれで商売をやめてしまったのですが、娘さんが別の場所に惣菜屋さんをオープンしたんです。元女将さんもたまにその惣菜店を手伝っていて、買いに行くと今も元気そうなお顔を見せてくれます。
その惣菜店の2階で、ありがたいことに新年会を開催させてもらったことがありました。「事前に言ってもらえれば料理をいろいろ作りますよー!」というお言葉に甘えさせてもらって。
で、その時に元女将さんがおでんを用意してくれていたんですが、聞けば閉店したお店の出汁を継ぎ足しながら今も大事にしていて、それで作ったおでんだそう。時を越えて懐かしい味に再会できるなんて…あれは沁みたな。どちらのおでんも思い出に残っています。次回「好きな玉子料理」というテーマはどうでしょう!
スズキナオ:東京生まれ、大阪在住のフリーライター。著書に「深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」「家から5分の旅館に泊まる」他。「大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる」がLLCインセクツより絶賛発売中。