5月20日、女優の尾野真千子が自身の主演映画「茜色に焼かれる」の上映会で、コロナ禍における映画界の窮状について「命をかけて撮った作品」と泣きながら訴えた。
その2日後の5月22日、吉永小百合も主演映画「いのちの停車場」の舞台挨拶で「(東京は観客動員について)演劇は大丈夫だけど、映画はダメとうかがって大変ショックを受けましたし、悲しかった。くじけそうになった」と涙ながらに苦しい胸の内を明かした。
これに、日本映画製作者連盟がすぐさま反応。映画館ではクラスターが発生していないこと、感染症対策に万全を期すことを前提に、6月1日からの営業再開を求める声明文を5月24日、発表した。
「邦画大手4社の社長が連名で声明文を出すのは異例のこと。やはり、映画界の宝ともいえる吉永に、涙まで流させてしまったことに、突き動かされたのだと思います」(映画誌関係者)
ある政治記者は「小池都知事は、投票率の高い有権者を失ったかもしれない」という。
「投票に熱心な世代には“サユリスト”と呼ばれる吉永ファンが多い。観客動員に対し、演劇はいいが、映画はダメと判断した小池都知事は、サユリストを敵に回してしまったかもしれません」
これまで、感染の下降は国民に我慢を強いることでもたらされてきた。その我慢がいつまで続くか、政治家の真価が問われている。