昨年大みそかの「第73回NHK紅白歌合戦」にKinKi Kidsが 2度目の出場を果たし、デビュー25周年メモリアルを締めるにふさわしいイヤーエンドとなった。
KinKiといえば、2つのギネス世界記録保持者。97年にリリースしたデビューシングル「硝子の少年」から、昨年リリースした25周年記念シングル第2弾「Amazing Love」までで、「日本のチャートにおいてシングル1位獲得最多連続年数」と「日本のチャートにおいてデビュー時から最も多く連続でNo.1を獲得しているシングル数」の記録だ。
シングルは45作連続トップというジャニーズ史上最多だが、そもそもKinKiは、デビュー前から前人未到の連続だった。通常、ジャニーズアーティストはジャニーズJr.として長い下積みがあって、歌手デビュー、ドラマやバラエティに進出していく。しかしKinKiは、デビュー前の94年に15歳の若さで話題のドラマ「人間・失格~たとえば ぼくが死んだら」(TBS系)のメインキャストに抜てき。光一が剛にキスするという衝撃シーンで、一気に知名度を高めた。
「2年後には『若葉のころ』(TBS系)でダブル主演。この年、バラエティ番組のレギュラーが一気に5本もスタートしています。翌97年にはテレビレギュラーが6本、CM契約は6社。それでもCDデビューしていないことで、逆にプレミア性が高まりました。その年の5月、ジャニー喜多川社長から『YOUたち明日デビュー会見だから。家族にも言わないでね』と告げられ、新たな神話の幕が開けるのです」(アイドル誌記者)
97年5月29日、東京・赤坂の豊川稲荷でデビュー発表記者会見が開かれた。その模様は、都内5カ所の大型ビジョンでリアルタイムで中継。KinKiのために、レーベル会社「ジャニーズ・エンタテイメント」(現ジャニーズ・エンタテイメント・レコード)が新設さされ、PRの総費用は当時のジャニーズ史上最高額の3000万円に達した。
「ジャニーさんが直々に、作曲を山下達郎、作詞を松本隆に依頼。“100万枚突破”を最低条件にしたといいます。このとき、山下はのちにミリオンヒットとなる『ジェットコースター・ロマンス』も候補に挙げていたそうですが、ジャニーさんは却下しています」(前出・週刊誌記者)
00年に9枚目のシングル「全部だきしめて」をリリース。このアンサーソングとなった「好きになってく 愛してく」は、作詞が剛で作曲が光一。2人のレギュラー音楽バラエティ「LOVE LOVE あいしてる」(フジテレビ系)のテーマソングだったため、共演者の吉田拓郎がプロデュースするという夢の組み合わせが実現した。奇跡的なトリオが手掛けたとあって、日本のアイドルグループが作詞・作曲した楽曲で初めてランキングで1位を獲得している。
ジャニーズ最古参のTOKIOは音楽活動を停止せざるを得なくなり、先輩のV6は昨年11月に解散。唯一の男性デュオであるKinKiが最年長となった。ジャニー氏の最高傑作だった剛と光一。26年目の今年は何を見せてくれるのか。
(北村ともこ)