私たちを熱狂させた名作マンガの「セーラームーン」もついに25周年! そこで今回は2人の美少女戦士が当時の思い出を語ってくれました。マニアも初耳の裏側が暴露されているかも?
沢井 セーラームーンのお仕事以来、初めての対談で緊張します! 当時のメンバー4人とは月イチペースで会ってるんですけどね。
竹中 月イチって仲良し!羨ましいですね~。
沢井 誕生日だけでなく、バレンタインやクリスマスとか、あらゆるイベントを理由にして集まっています。
竹中 私はセーラームーン第一世代で思い入れが強く、ターゲットは幼稚園~小学校低学年だと思うんですけど、高学年になってもコソコソ観ていた世代です。
沢井 少し恥ずかしくて、「大好きなの」って言いにくい年頃でしたよね?
竹中 「無印・R」(※)の時代ですね。私はミュージカル版で2代目のちびうさを小5で演らせてもらいました。セーラー戦士のお姉さんたちははるかに年上だったので、メンバー同士が仲良しだっていうのはすごく素敵で夢を感じます。
沢井 ミュージカル版って93年からでしたっけ? アニメとかマンガが始まった1~2年後でしたよね。
竹中 その時期でしたね。私が大学生の時に実写ドラマが始まり「わ、新世代!」って思ったのを覚えてます。みんなマンガから飛び出してきたみたいな頭身で、しかも今も仲良しっていうのがさらに新世代ぽい。
沢井 私も姉と一緒に観ていたので「無印・R」世代なんです。しかも小さい時にちびうさ役でミュージカルのオーディションも受けてました。劇団にいたとかではなくて、マンガ雑誌を見て応募したのかな。幸い一次審査は通ったんですけど、二次審査の会場で自分がいかに場違いだったのかがわかって‥‥。もちろんその時は落ちちゃいました。
竹中 場違い感、私も! 周りはみんなレオタードなのに私だけフリースとジーパンだったし。しかもみんなママと一緒なのに、私だけ父に連れて行ってもらい、しかもその父は駐車場で待っていたという(苦笑)。
沢井 記憶は曖昧ですけど、「どうしてもセーラームーンになりたい!」という気持ちが強かったのは覚えています。「変身したい!」みたいな。もっとも落ちたことすら忘れていて、ドラマ版のオーディションを受ける時にそういえばって思い出したんですよ。
竹中 他のメンバーもみなさん同じ気持ちでしたか?
沢井 実はドラマの撮影中には仲良くする時間なんて全然なくて、仲良くなれたのは撮影が終わってから。撮影期間が1年2カ月もあったし、その間にVシネマも撮影していたので本当に過酷でした。でも今ではみんな笑い話にできますし、あの現場を“乗り越えた感”を共有できてますね。
竹中 あのコスチュームで真冬に戦うのって辛くないですか? 仮面ライダーや戦隊モノの特撮とは違って、変身後も自分が演じなきゃならないですもんね。
沢井 そうなんです! 数年後に仮面ライダーにも出演させてもらった時には、ライダー役の方が「お疲れ様~」って帰ってしまうのが衝撃的でした(笑)。
竹中 セーラー戦士に変身する時の「メイクアップ!」という掛け声が、本当にメイクアップだったというわけですよね。
沢井 あれって私たちもスタッフさんも大変なんです。1時間程度の着替えの間に食事もしなきゃならないし、スカートやリボンはレオタードの上にマジックテープで着けるから、トイレの時はもう大変! ブーツはジッパーが見えないようにつまみが外されていて、スタイリストさんがペンチでつまんで上げ下げするんです。実写版があれ以来、復活しない理由がわかる気がします(笑)。
※無印・R:92~93年放送の第1期アニメ「美少女戦士セーラームーン」、および93~94年放送の第2期「美少女戦士セーラームーンR」のこと。後者からサブタイトルが付くようになり、最初のシリーズをさかのぼって“無印”と呼ぶようになった。
沢井美優:1987年10月23日生まれ 神奈川県出身。13歳で「ラブベリー」(徳間書店)の専属モデルとして芸能界デビュー。03~04年放送の実写版「美少女戦士セーラームーン」で主役を務め、泉里香、北川景子、安座間美優、小松彩夏らと共演。その後、昼ドラのレギュラーなど女優として活躍するほか、「テレビでフランス語」(Eテレ)で生徒役を務めるなど幅広く活動している。(公式ツイッター @sawai_miyuu1023)
竹中夏海:1984年6月10日生まれ。埼玉県出身。小5でミュージカル「美少女戦士セーラームーンスーパーズ 夢戦士・愛・永遠に」に出演。日本女子体育大学・舞踊学専攻を卒業し、09年から担当しているPASSPO☆を皮切りにアイドルの振付師として活躍。アイドルダンスに関する著書も発表している。15年にはセーラームーンミュージカルで主題歌の振り付けを担当した。(公式ツイッター @723takenaka)