漫画やアニメ、ゲームを原作とした舞台やミュージカルを「2.5次元」と呼ぶ。世に広めたのは、「ミュージカル・テニスの王子様」だ。「週刊少年ジャンプ」で連載されていた03年にミュージカルになり、「テニミュ」と呼ばれて人気に。昨今の“推し活”ブームの先駆けとなり、数多くの2.5次元俳優たちを輩出してきた。18年には、「刀剣乱舞」が「NHK紅白歌合戦」でパフォーマンスするまでになった。
人気原作を舞台化したパイオニアは、実はSMAPだ。怒涛の快進撃を遂げることとなった91年、SMAPは日本武道館の元旦単独コンサートで幕開け。この半年後に始まったのが、初ミュージカル「聖闘士星矢」の稽古。2.5次元舞台のはしりである。当然、ジャニーズとしても初の試みだった。
車田正美氏の人気漫画である同作は、星矢たち5人の青銅聖闘士と海皇ポセイドンとの戦いを描いた。ペガサスの星矢を中居正広、キグナスの氷河を森且行、ドラゴンの紫龍を草なぎ剛、アンドロメダの瞬を香取慎吾、フェニックスの一輝を稲垣吾郎、海皇ポセイドン(ジュリアン)を木村拓哉が熱演。SMAPが全メンバーでミュージカルに出演したのは3本だけのため、貴重な1作と言える。
それだけではない。同作の舞台裏では、その後のジャニーズを左右する出来事が起こっていた。アイドル誌ライターは言う。
「リハーサル中に、ジャニー喜多川社長が9月のCDデビューを告げたのです。6人は、ただびっくり。光GENJIのバックダンサーとして、スケートボーイズというユニット名で始動しておよそ3年。このミュージカルの1カ月公演が、連日満員になったことが最終的に決め手となったようです」
さらにジャニー氏は、同作の上演期間中にもうひとつのサプライズを仕掛けた。地元の関西で細々と活動していた堂本剛と堂本光一を楽屋に招き、メンバーに紹介しているのだ。
「のちにKinKi Kidsとなる2人ですが、当時はまだ普通の中学生。いきなり楽屋に通されて、SMAPにあいさつ。ジャニーさんは中居と剛を指して、『YOUとYOUは似ているね』と言葉にしています。剛は、テレビで観ている人に似ていると言われたため、この時のことをはっきり覚えているそうです」(前出・アイドル誌ライター)
90年代序盤に、2.5次元ミュージカルという未知なるエンタメに初挑戦していたSMAP。CDデビューを知らされたのも、KinKiと初めて会ったのも東京・青山劇場の控室だった。
そんなKinKiもデビューから四半世紀を経て、音楽活動をしているジャニーズユニットで最古参となった。死してもなお、ジャニー氏のイズムは伝承されているのだ。
(北村ともこ)