私が通っていた高校は東京の九段下にありました。九段下には靖国神社という大きな神社があり、毎年7月に「みたままつり」という夏祭りが開催されます。靖国神社が戦没者を祀る神社で、「みたま」がその魂を意味することなどまったく知らなかった高校生の私にとって、そのお祭りは恋人と行ってみたい憧れの場でした。友人たちと夏が近づくたびに「あー、彼女とみたままつり行ってみてぇー!」と言い合い、結果、残念ながらそんな夏は来ませんでした。
高校の頃にデートでみたままつりに行くことはできませんでしたが、大学生になってお酒が飲めるようになってから、毎年、友人たちとその祭りに行くのが恒例となり、行けば境内のあちこちに並ぶ屋台で酒を飲むのが楽しみになりました。
当時、お酒を飲む場所というと大手チェーン居酒屋しか選択肢になかった私にとって、お祭りの屋台で缶ビールを飲んでいるという行為が、それだけでずいぶん渋いものに思え、「俺も大人になったわー」と、悦に入っていました。
お祭りの屋台ってなんであんなに胸が躍るんでしょうね。もちろん「あんな高いだけで適当な料理や酒、興味ない!」と言う人がいるのはわかります。ただ、私はそんな人とはサシでは飲めないなと思います。そういうことじゃないんです。お祭りという非日常的な場で、ちょっと浮かれた気分で飲むからこそおいしいのです。そりゃあ、おいしさだけで言ったら、しっかり空調の効いた店内で冷えたスパークリングワインでも飲んだ方がいいでしょう。
しかし、あんまり冷え切っていない屋台の缶ビールが、年代物のワインよりおいしく感じられることがあるから酒は面白いのです。夏祭りで飲む酒なんてまさにそれですよね。コンビニまで歩いて買えば200円ちょっとで買える缶ビールが屋台だと500円とか600円。それでもいいんだ。お祭りで使うお金は半分お賽銭のようなものだと、私は思っています。
居酒屋風の屋台にあるおつまみっていうのがまた、どこの何がおいしいとかでは全然ないんだけど、妙にうまい。私はなんといってもゲソ焼きが好きです。イカと醤油が鉄板にギューッと押し当てられた時に発生するあのなんとも言えない香り。もはやあの匂いにお金を払っているという気もする。焼きとうもろこしも大好きです。醤油の焦げた匂いが好きなだけなのかもしれない。
と、ここまで夏祭りで飲む酒が好きだという話を書いてきましたが、今年の夏の思い出を振り返ってみると、そんな機会はほぼありませんでした。というのも、ここ数年の夏があまりに暑すぎて、「今日はお祭りの日だ」と知っていても、外に出る気がしないんです。体力の消耗が激しそうで、ちょっと臆病になってしまっています。みたままつりに通っていた頃よりだいぶ年も取りましたし…。
あ、でも、今私が住んでいる大阪の、割と近所のエリアで1年に1度大きなお祭りがあるんです。花火も上がって、それを観に大阪中から人が集まるのですが、その時はさすがにちょっとウズウズして、屋台の様子を眺めに行きました。
川沿いの遊歩道にたくさんの屋台が並び、昼間からものすごい数の人が歩いています。いつもは人もまばらな場所なので、なんだか夢のような光景に感じられます。ベビーカステラ、唐揚げ、玉子せんべい…色とりどりの屋台を眺めるだけで楽しいもの。いやーやっぱり夏祭りは最高!と思った私は、それで気が済み、コンビニで買った缶チューハイをクーラーの効いた部屋に戻って飲みました。いやー味気ない大人になってしまったなー!というわけでパリッコさん、次回のテーマは「大人になったなと思う酒の場面」でどうでしょうか!
スズキナオ:東京生まれ、大阪在住のフリーライター。著書に「遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ」「『それから』の大阪」他。「家から5分の旅館に泊まる」が絶賛発売中。